万来堂日記3rd(仮)

万来堂日記2nd( http://d.hatena.ne.jp/banraidou/ )の管理人が、せっかく招待されたのだからとなんとなく移行したブログ。

「帰ってきたヒトラー」は、とても親しみやすい抱腹絶倒なガス室なので超おススメ!

帰ってきたヒトラー」観ましたよ。これはいい映画です。
終映後、客席からこんな声が。
「これ、コメディちゃう。ホラーや……」
まさしくその通り。期待していたよりも笑え、期待していたよりもずっとややこしく、期待していたよりもずっと怖かった。


帰ってきたヒトラー」多重構造になっています。
まず一つ目はタイムスリップしてきたヒトラーが繰り広げるコメディ。「あのヒトラーがこんなことするなんて!」という、万人ウケする楽しい部分。
これ、楽しいんだが、よく考えると非常に難しいのですよ。
チャップリンの「独裁者」でもいいし現代日本ザ・ニュースペーパーでもいいですが、この場合は既存権力へのカウンターとして笑いが機能するでしょう。
ところがね、「帰ってきたヒトラー」では、その笑える言動や行動を繰り広げるのが、ヒトラーに扮したコメディアンではなくてヒトラー本人なわけで(もちろん役者がやっているんだけど、「ヒトラー本人」という感想が持ててしまうあたり、すっげえ好演だと思います)。
つまり、なんというか「このとても愉快なコメディアンは、たまたまヒトラー本人ですけどすごく面白いですね」というのは、カウンターとして作用しないどころか、むしろヒトラーに好感を抱かせる要因となってしまうという。これが後半、非常に効果的に効いてきます。


そして二つ目、ドッキリ的に仕掛けられた、ヒトラーが街の人々の声を聴くインタビューがふんだんに取り入れられています。
まるでマイケル・ムーア作品を見ているみたい。
ここでリアルに右傾化しつつある、普通の民衆の声を聞くわけだけれど、今まで作り物だった作品が一段階、実世界にぐっと引き寄せられるような効果があります。おや? これは笑い事じゃないかもしれんぞ?*1


そしてメタフィクション的な第3段階。
なんと作中でヒトラーが実際に「帰ってきたヒトラー」を執筆し、その映画化が始動し始めるにいたります。

図式的には、最初は無害なコメディだったものがグッとリアルに近づいてきて、とうとうこちら(現実世界)へコミットし始めるわけですよ!

そしてあのラスト。もう大好きなんだけれも。なんともムスカ大佐的というか。*2
ここで、最初、あの無害でただ面白いだけだったはずのコメディの持つ意味が重くなるというか。
あれがカウンターとして機能せず、むしろ逆の効果を持つものだったからこそ、ここにいたるわけで。


つまりですね。
作中において、ヒトラーは「笑い」を政治利用していたということが、ここにきて決定的になるわけですよ。なんてこった!!

私自身も以前に笑いに政治を持ち込むことについて批判的な意見をtweetしたこともありますし、最近も「フジロックにSEALDsなんか呼ぶなよ!」ってな騒動がありましたけれど、もうどーすんだよ、これ。

チャップリンヒトラーに扮して「独裁者」をつくったんですけれど。
帰ってきたヒトラー」のヒトラーは、必要とあらばチャップリンの役割を自ら進んで演じてみせるわけで。しかもよくよく見ると、そのことは作中でも明言されています(!!)。
「面白くて、威勢が良くて、民衆の声を代弁する愉快なおじさん」を、俺たちはどうやって批判すればよいのか?


作中で、真にヒトラーを批判しているのはただ一人だと、私は思うのだけれど、それ、相手がたまたまヒトラー本人だから通用した批判で。
相手が本当に「ヒトラーのそっくりさん」だったら、この論法では批判できないんですよ。なんてこった。
ヒトラーが作品内で繰り広げる騒動で、観客である我々が批判できる(どうやっても擁護できない)ポイントは、動物愛護家なら二ヶ所、そうでなければたった一ヶ所だけ。
「だけ」なんですよ。これがね。
これがね、本当に怖いの。


つーわけで、ものすごく高度に政治的な映画でしたよ。「帰ってきたヒトラー
笑えるって、なんて恐ろしいことなんだろう。*3

*1:そういえば「笑い事じゃない」というセリフ、本編でもありましたね。これがまた、大変に重要なセリフで……

*2:ラピュタは滅びぬ!何度でも蘇るさ!ラピュタの力こそ人類の夢だからだ!」

*3:今までちゃんと調べたことなかったんだけど「国策落語」のことも調べなきゃかなぁ……

LIBROの新譜「風光る」を初めて聞いたとき、どこに衝撃を受けたか言語化を試みるよ!

学生時代にどっぷりはまったものでも、社会人になり時がたつにつれてだんだんとシーンを追うのが億劫になってきて、気がつくと最近の流行とかさっぱりわからなくなっていた、なんていうのは良くある話で。私にとってはHIPHOPがそれだった。フリースタイルダンジョンの流行でまた興味が蘇り、少しづつ音源買ったりし始めたけれど。
しかし、関心が薄れている期間中も新譜が出ると必ずチェックしていたアーティストというのもいて、私にとってはそれがRhymesterとLIBROだったりする。「一番好きなミュージシャンは?」と聞かれたらRhymesterと答えるが、「一番好きな曲は?」と聞かれたらLIBROの「三昧」だと答える。


風光る

風光る

  • アーティスト:LIBRO
  • Amped Music
Amazon

そんなLIBROの新譜「風光る」が出たのでもちろんチェックするわけですよ。いや、本当にこれはいいアルバム。
渋くて落ち着いててかっこいいビートに、LIBRO本人も客演陣も真摯で丁寧なラップを乗せてる。
a.k.a. GAMIがカッコよさの権化みたいになっている「オンリーNo.1アンダーグラウンド」、終盤の掛け合いが鳥肌が立つほどゾクゾクするポチョムキン参加の「NEW」、優しい曲調なのに鎮魂の趣さえ感じさせる「キミは天を行く」、以前の作品「COMPLETED TUNING」に収録された「ある種たとえば」で手塚治虫の「火の鳥」みたいなとんでもないスケール感のラップを披露した小林勝行がポジティブでハッピーなヴァイブスを振りまく「花道」、「胎動」収録の名曲「雨降りの月曜」の続篇ともいうべき5lack参加の「熱病」、落ち着いた雰囲気で丁寧かつ注意深いが「愛国心」なんぞという物騒極まりないテーマをポジティブに扱って見せる超危険球「あまなりしき」、などなど。

他の収録曲もいい曲がそろっていて、復活作ともいえる「COMPLETED TUNING」以降の作品の中では一番のお気に入り。
でも、初めて聞いた時に「あ! これ絶対いいアルバムだ!」と衝撃を受けたのは、実は曲ではなくて1曲目と2曲目の「繋ぎ」の部分だったりする。言葉でうまく説明できるかどうか。やってみよう。

1曲目「風光る」。リラックスした雰囲気の、少しゆったりとしたナンバーで「おお、いつものLIBROだー。良い意味でー」とか思いながら聞いていると、曲の終盤でそれまで使われていなかった「とーんとーんとっととーんとーん」みたいないなたいエレピのフレーズが入ってくる。
おー、ますます落ち着いた雰囲気だねえ、とか思いながら聞いていると、そのうちそのフレーズの響きが少し荒くなる。
んで、少しずつ少しずつBPMが速くなる。新たなドラムパターンが加わる。新たな上物が加わる。気が付くと既に2曲目に突入している。
わかるだろうか。シームレスに1曲目から2曲目に移っていく中で、さっきまで「落ち着いた雰囲気をさらに強調するようなエレピのフレーズ」だったものが、いつの間にか「クールでアグレッシブな曲の中心を構成するカッコいいフレーズ」に変貌しているのだ。なんてこった!

いや、大好きなんだよ。こういう「さっきまでとは印象ががらりと変わってしまう」快感っていうのが。
一例としてLiving Legends"Stop & Retaliate"を挙げておこう。

Living Legends - Stop & Retaliate
曲が始まった時には、どう乗ったらいいのかもよくわからない不可思議なループだったものが、ドラムが入った途端に重量感溢れる超カッコいいビートへと変わる。こちらの認識が一瞬で切り替わる。この快感。
たまんないよなあ、と思いながらまた「風光る」リピートするのであった。

「クレヨンしんちゃん爆睡!ユメミーワールド大突撃」を3回観てきたので、かなりテンション高めに感想書くよ!

映画クレヨンしんちゃん爆睡! ユメミーワールド大突撃、計3回観てきました。
私の中では不動の傑作の地位を確かにしましたですね。私の乏しい映画やアニメの観賞経験の中ではありますが、子供に向けたメッセージが込められた作品としては、その力強さにおいて最高峰ではないかと思います。



本作、ギャグが結構面白いです。私が最も好きなのは、ひろしとみさえが「なぜ大人がこれほど、子供のように夢見る力を持っているんだ?」的な問いに対して答える、その答えのあまりの馬鹿馬鹿しさ!!
三度見て、三度とも笑ってしまいましたよ! あれはねーよ!!
あと大和田獏さんの出演シーンですが、檀ふみさんも出てればもっと良かったと思います!*1



あとね、実に丁寧に伏線とか貼られていたり。
本作、みさえが大活躍するんですが、初見時には感動しつつも「ちょっと唐突じゃねーの?」とも思ったんです。でもね、見直してみると今回では、夫婦の行動で常にみさえがイニシアチブをとってるんですね。
また今作のヒロインのサキちゃん。実につっけんどんでみんなの第一印象最悪、些細なことで怒りをぶちまけて周囲との断絶を招いたりするんですけれど、ではなぜサキちゃんが怒ったのか。その理由というのが、我々からは最初は些細などうでもいいことに思えるのだけれど、実は今作の実に重要なキーポイントになっているというね。


あとすごくいいのがサキちゃんと父親との朝食シーンですね。もう、素晴らしいです。
2人きりの食卓。サキちゃんの前には焦げ焦げのトーストと黄身がつぶれちゃった目玉焼き、缶のトマトジュースに、あろうことかポテトチップス。うわぁ……なんというかこの、ぬくもりの欠落感。ひどいよ! ひどいよ!!
でもね、その直前の調理シーンではインスタント食品が山のように積み上げられているんですよ。
んで、サキちゃんの前にはまがりなりにも手料理が並べられているけれども、父親の前には何も置かれていない。きっとこの後インスタントで済ませるんでしょう。つまり、色々欠落感を感じさせられてしまうような献立ではあるけれども、それでもこの父親は娘のために、娘の為だけに食事を用意しているんですよ。
そして「おいしいか?」と尋ねる父親。「おいしいよ?」と答える幼い娘。
もうね、胸を締め付けられるような名シーンですね……しかもこれ、割と序盤ででてくるんだぜ……



さて、私、ライムスターが大好きでして。だもんで宇多丸師匠の映画評なんかもちょくちょく楽しんでおり、それに影響を受けて観る映画決めたりしておりまして、本作を観たのも宇多丸師匠が高橋監督の前作「クレヨンしんちゃん ガチンコ!逆襲のロボとーちゃん」を誉めていて、んでもって見たら見事に泣いてしまったから、なんでございます。*2
その宇多丸師匠、映画評の中で度々自分たちライムスターのリリックを引用したりすることがあるんですが、最新アルバム「Bitter,Sweet & Beautiful」収録の、コンセプト上で中核をなす「Beautiful」のリリックを引用しますと

子供の頃 テレビで観た 悪に立ち向かう無敵のヒーロー
赤 青 黄色 憧れたのは何色のヒーロー?
平和な町に 訪れた危機は CM挟んで
25分後には取り除かれた 強くなった気になれた
それをファンタジーと切り捨てた10年後
そこに 大人が込めたメッセージに気づいたその10年後
で、その10年後 あの日の僕らを前に 今、僕らは何を言う?
世界を映しだすその小窓の向こうに 今、君らは何を観る?

この映画は、まさにこれなんじゃないかと思いますです。
今作、構図としては「みんなでお姫様を助けに行く」という、王道も王道の設定となっています。
夢の世界がテーマですので、徹頭徹尾、精神世界がテーマ、言い換えると精神世界において「助け」「救い」とは何か、みたいな話にもなるわけです。

さて、「夢」には色んな意味があります。夜に見る夢。奔放な想像力としての夢。将来になりたい姿としての夢。
今作は夜に観る夢というのを入り口にしてはいますけれど、奔放な想像力への、そして将来の夢への賛歌、でもあります。
特にそれを象徴するのが、ある人物が「悪夢」に押しつぶされそうに、そしてそのシーンは見方を変えると現実に押しつぶされそうになったとき、そして自ら「夢」を象徴するものを折ってしまいそうになったときにあるものが不思議な光を放って……夢にくじけそうになった時に自分を救ってくれたのもまた、夢そのものだったというね……もうね、たまんないっすね、あのシーンは。


そんなわけで、今作は夢へのアンセムでもあります。
でもね、そんな、将来の夢をはっきりと描いてピカピカしているようなそんな人間ばかりじゃない。むしろそんな人間少数派だと思うんですよ。じゃああれか、特に夢を見ていない俺らは負け犬ってことでええんか、と。
いや、違うんです。これがおそらく最も大切なところだと思うんだけれど。
実は今作に込められているメッセージ性としては、夢の肯定というのは副次的なもので。
もっとも強く打ち出されているメッセージは「君は君のことを好きになっていいんだ!」というものなんです。
だから、もし君が「そんなこと言っても、俺は将来の夢とか特にないし……」とか思っていても、君はそんな君を好きになっていいんだ!!


今作は「みんなでお姫様を助けに行く」話だと書きました。
「みんなで」なんです。主人公はしんちゃんですが、それだけじゃない。
カスカベ防衛隊も、今回大活躍のネネちゃん筆頭に大活躍しますし、野原一家も大活躍する。いわば、友人や周りの大人やみんなが寄ってたかって一人の少女を救うために奮闘します。
その末にたどり着いた結論が「君は君を好きになっていいんだ」、言い換えると「まわりのみんなも、君が君を好きになることを望んでいるんだ」なんですよ!


正直、このメッセージは子供には伝わりきらないかもしれない。
でもライムスがラップしたように、10年後の10年後、届くかもしれない。
今の子供たちの10年後、そしてそのまた10年後に伝えるにはこれ以上強いメッセージはないんじゃないかというくらい、力強いと思うんです。

というわけで、劇場で観て、DVD買って、10年後に観て、そのまた10年後に観る事をお勧めします。

*1:NHKでやってた「連想ゲーム」、大和田さんといえば檀さんですよ!

*2:それなのに4月30日現在、ムービーウォッチマンでは1回リスナーカプセルに入ったきりで、今週分ではガチャに入ってすらいないんだぜ? 宇多丸師匠、もったいないよ!

昭和元禄落語心中、第5話に登場する演目は上方ではどんな具合か、あくまで私の知る範囲で あと芝居噺とか

昭和元禄落語心中」第5話、見ました。
三角関係、進行中ですねぇ。菊さんとみよ吉さんのキスシーンも出てきて。しかしあれだな、めんどくせえ男だな、菊さんってのは(笑)。
やはり今回最大の見ものは鹿芝居のシーン。見事に化けた菊さんの艶姿も見ものですし、落語ではないけれど菊さんが初めて自分の芸に自信を持つ、重要なシーンですね。5話序盤で、助六さんの女性の演じ方にダメ出しをしているシーンが示唆的というか。女性の演じ方等、細かな心情の演じ分けに適性があることをそれとなく示唆しているシーンなわけで、それが両方の性別をまたにかけるような役を演じる事で自覚的になったというか。素直に行けばこの後、菊さんは快進撃するわけなんですけれど、さて、どうなりますか。


5話に登場した演目は、助六さんが菊さんの前で披露した「品川心中」のみです。

十代目金原亭馬生・品川心中
「品川心中」は江戸落語移植のスペシャリスト、桂文太さんが「松島心中」の演題で上方に移植し、高座にかけてらっしゃいます。
今回は登場した演目が1つだけだったのでこれにて終了。はい、解散解散……







というのもつまんないので、上方落語でよく見かける芝居噺のことなどをつらつらと。
やはり今回の最大の見どころは噺家の芝居「鹿芝居」。芝居(歌舞伎)を扱った演目を「芝居噺」などと言うそうで。狭義の芝居噺は書き割り使ったりなんたらかんたらで結構手がかかるものだそうなのですが、こちらの方は上方ではとんと見かけません。昔はあったのでしょうが、東京でもなかなかお目にかかれないものになっているようで。
広義の芝居噺となりますと「話の中に歌舞伎を取り入れたもの」となります。
上方落語の特徴としまして、演じている最中にお囃子を賑やかに導入するってのがありまして、そういった意味では芝居噺は上方落語が得意とするところかもしれません。
例えば芝居好きの若旦那が丁稚を巻き込んで大騒動を巻き起こす「七段目」

桂米團治 「七段目」
芝居好きの丁稚さんがお仕置にと閉じ込められた蔵の中で忠臣蔵を演じて見せる「蔵丁稚」

桂米朝 「蔵丁稚」
質草を蔵へ取りに来たはずの質屋の丁稚さんが仕事を忘れて芝居の真似ごとに没頭する「質屋芝居」

桂春之輔 質屋芝居
丁稚どころか一家総出で、暮らしの中で芝居を引用しまくる「蛸芝居」

桂吉朝  「蛸芝居」

これらはいずれも、登場人物が芝居好きで、日常生活でも芝居の真似をしちゃう、という筋立てですが、それ以外にもあります。
例えば、ストーリーの中に芝居が登場するのではなく、歌舞伎の演目を再現すること自体に眼目を置いた変わった演目「本能寺」(でもこれが楽しいんだ!)

米朝 本能寺
アクションシーンが歌舞伎のパロディとなっている「竜宮界龍の都(小倉船」)」

桂米朝 「小倉船」竜宮界龍都
他にも、故桂吉朝さんが復活させたレアな演目「そってん芝居」、文太さんの珍品「大江山酒呑童子 鬼切丸の由来」、歌舞伎の世界自体を舞台とした大ネタ「中村仲蔵」「淀五郎」(それぞれ露の新治さんと桂雀三郎さんの得意技です)、創作では、小佐田定雄作で吉朝さんが演じた「狐芝居」や、笑福亭たまさんによるギャグ満載の「猿之助歌舞伎」などなど。
歌舞伎に詳しかったらきっと倍楽しめるんでしょうが、私は文楽は見たことあるけれど歌舞伎はさっぱりでして*1、それでもカッコ良さを感じたり、様子が滑稽だったり、芝居の真似をしている人物たちが実に楽しそうだったり、演目によってまた演者さんによって色々と楽しみ方があって。
今、精力的に活動されていて芝居噺を得意にしてらっしゃるイメージがある方というと、露の新治さん、桂九雀さん、桂米左さん、桂よね吉さんといったところがパッと思い浮かびますですね。それ以外にも、多くの方が高座にかける、なくてはならない分野です。

*1:だってお高いんだもん

昭和元禄落語心中、第4話に登場する演目は上方ではどんな具合か、あくまで私の知る範囲で

昭和元禄落語心中」第4話、見ました。いやー、みよ吉さん、色っぽかったっすなー。芸事じゃなくて色気ばかりかと思いきや、小唄の稽古のシーンではしっかり聞かせてハッとさせる。他のシーンでは猫的な魅力をふりまいているだけに、小唄のシーンが明瞭に際立っているように思いました。

また、ドギマギする菊比古さんと海千山千のみよ吉さんの関係性が、直前に先代八雲師匠に稽古をつけてもらっていた「明烏」に登場するウブで堅い若旦那と吉原の女郎さんの関係性そのまんまで、全般的にアニメはストーリー進行のテンポが速いですが、そのおかげか、その対比が際立っているような。

また対比と言えばさ、前回、満州から帰ってきた助六さんを迎えた菊比古さんの第一声が「信さん、くさい(笑い泣き)」でしたね。んで、菊比古さんにしなだれかかろうとしてそのまま押し倒しちゃったみよ吉さんの台詞が「いい匂い」ですよ。三角関係を見事に暗示する素晴らしいセリフで。

また、その少し前のシーン、みよ吉にまた会おうといわれたことを菊比古さんが助六さんに告げるシーンも良かったですな。両者とも実にそっけない。幼馴染が「私さ……今日、告白されちゃったんだ……」「ああ、そうかい……」「それだけ?」的な! もうね! このシーンでごはん何杯も食べられるっていう方の気持ちもわかりますよ、これは!

細かいところでは、道路標識がアルファベットおよびマイル表記であるところで時代設定をさりげなく示したりしたところに感心しました。

そんで、小さな不満点も一つ。助六さんが夢金を演じているところで、ほんの少しですが一枚絵で演目中の光景(雪が降っている江戸の町)を見せたり、演じる助六さんの姿に降る雪を重ねたり凄みを見せるシーンでは下からライトアップするかのような効果を入れたりしてたんですが、あれはできればやってほしくなかった。そういったことを観客の「想像」に任せるのが落語の特徴であり魅力でもありますので、そこだけ少し残念。「そのように見せる」ではなくて「そのように見えてくる」であってほしいというか。

ともあれ、みよ吉さんのインパクトばっちりの回でありました。うんうん。



さて、第4話で登場したのは「そば清」「夢金」「明烏


菊比古さんだけにそばをとってやろうとしたつもりが楽屋にいた他の前座連中も「ごちそうさまです!」と言い出し困った師匠が名前だけ引き合いに出した演目「そば清」。上方ではそばではなく餅になって、タイトルも「蛇含草」と変わります。サゲのアイデアは共通ですが筋立てもかなり違い、東京でも「蛇含草」を高座にかける方もちらほらおられるようです。両方とも実に楽しい演目。

柳家さん喬 「そば清」

落語 桂米朝 蛇含草
上方でも頻繁に高座にかけられる「蛇含草」、多くの方が持ちネタにしてらっしゃいますが、個人的に強く印象に残っているのは桂文之助さんでしょうか。完璧なのにチャーミング。この方のCDやDVDが全く出ていないというのは七不思議の一つではないかと。「片棒」「短命」「らくだ」「たち切れ」その他、どれもこれもものすごいですよ。雀松から文之助を襲名されたときは、CDとか出るんじゃないかと期待したんだけどなぁ……
そういえば第4話の中で八雲師匠から菊比古さんが「お前には色気というか隙がない」ってなお小言いってましたけれど、文之助さんにも似たような有名なエピソードがあるのでご紹介をば。
みんな多かれ少なかれ、師匠をしくじる(失敗から師匠の機嫌を損ねる)そうなんですが、枝雀師匠に入門した文之助さん(当時雀松さん)、なんでも卒なくこなし、しくじることが全然なかったそうで。
それに業を煮やした枝雀師匠が大師匠の米朝師匠のところへ雀松さんを連れていき、「こいつ、全然しくじりませんねん!」
米朝師匠一言「……それでええやないか」


続いて助六さんが高座でかけていた「夢金」。これ、おそらく上方で今高座にかける人って、いないんじゃなかろうか。
ひょっとしたらいらっしゃるのかもしれませんが、まずお目にかかれない演目、であります。

三代目古今亭志ん朝 - 夢金
しかし、こういった「上方ではめったにお目にかかれない演目」がでてくるのも、落語心中の魅力だと思うわけで。いや、作り手側が本当に落語が好きじゃないと出てこないチョイスだと思うんですわ。1話の「鰍沢」もそうだけど。
あれですよ、極めてわかりにくい例えでいうと「好きなSF作家は?」という質問にクラークとかディックとかイーガンとか答えるんじゃなくて、グレッグ・ベアとかポール・アンダースンとか挙げるような、「一般への知名度は高くないけど確かにいい!」というチョイスというか。


3席目は菊比古さんが稽古をつけてもらっていた「明烏

落語 古今亭志ん朝 明烏
これもなかなか上方ではお目にかかれない演目ですが、こちらはこれまでの関連エントリでも何回もお名前を出しております桂文太さんが上方に移植してらっしゃいます。それ以外はちょっとわからない。

昭和元禄落語心中、第3話に登場する演目は上方ではどんな具合か、あくまで私の知る範囲で

昭和元禄落語心中」第3話見ました。今回は戦中編。1話、2話と比べて落語のシーンは少なめ。これは実際に落語を演じる場や機会が少なくなっている作中と対応させているのでしょう。不承不承足を踏み入れた落語の世界に菊比古さんがどっぷりはまっていく、派手ではないですがとても重要な回ですね。ラストシーンでいよいよトリックスターたるみよ吉さんの登場。「長ぇ夜になりそうだ……」から始まった過去の回想話なのに「続きはまた明晩」で締めてしまったのは、まぁご愛敬で(笑)。
「落語の歴史」の側面が強調された第3話でしたが、「昭和元禄落語心中」は落語が実際にたどったものとは違う歴史を展開していく、歴史ifモノでもあったりします。「はなし塚」含めて、ここまではほぼ正史通り、さてここから先はお楽しみ。
で、白状しますが、演目名がわからないのが3つもありました。疎開先で菊比古さんが1人稽古している話と、終戦後帰京した菊比古さんがお座敷で披露している2席。いや、ちゃうねん。おっちゃん、落語ファン歴が浅い上に普段上方ばっかり聞いているもんやさかい、江戸落語イントロクイズは苦手やねん……


というわけで第3話で大きく扱われた演目は「黄金餅」と「あくび指南」のふたつでした。


七代目立川談志 - 黄金餅

黄金餅」は東京の話で、上方では桂文太さんが「よもぎ餅」の演題で高座にかけていらっしゃるのしか私は聞いたことがありません。検索して調べたところ、桂文我さんも「はらわた餅」の演題でやってらっしゃる様子。しかし「はらわた餅」とは、これまたえぐいタイトルですな(笑)。




桂南光 「あくびの稽古」

「あくび指南」、メジャーなタイトルなので上方でも演じられているようで案外演じられていない話。米朝師匠や枝雀さんも手がけている話ですから、もっと頻繁に遭遇しても良さそうなものなんですが、案外そうでもないのです。しかしその割に「現在の関西ではマイナー」なイメージがないのは、ビッグネームの桂南光さんが手がけてらっしゃるからでしょうか。「あくび指南」もしくは「あくびの稽古」の演題でやってらっしゃいます。他にも桂九雀さん、林家花丸さんで聞いたことあり。
しかしあれだ、持ちネタの多い方の名前がずらりと並ぶなぁ(笑)。また、江戸の落語を上方に移植するとなると、やはり同じ名前が何回も挙がってきちゃいますね。いや、それだけ桂文太桂文我桂九雀の御三方がチートなんですよ(笑)。


追記:Twitterで、南光さんも「黄金餅」を手がけてらっしゃると教えていただきました。ありがとうございます!

昭和元禄落語心中、第2話に登場する演目は上方ではどんな具合か、あくまで私の知る範囲で

昭和元禄落語心中第2話、見ましたですよ。初回がスペシャルで長かったせいもあるのでしょうが、なんかあっという間というか、「えっ!? もう終わり!?」みたいな。
やっぱり若き日の八雲師匠たる菊比古さんの初高座のダダ滑りっぷりが見どころでしょうか。第1話では汗一つかかなかった当代八雲師匠が初高座で、まだ一言もしゃべっていないのに座布団の上にぽたりと落とした汗、つまんなそうにしているお客さん、そして実際つまらない高座(いや、演技でそれやっているのがすごいんですが)、自分でもダダ滑りしているのを十分にわかっていて耐えるように腿をぎゅっと力を入れてつかむ様子、焦燥感とシンクロするように演じる声をかき消すみたく鳴り響くBGM、いや、1話もそうでしたけど、やはり丁寧だなあ、と。
その次に自由奔放な高座を演じてみせた初太郎さん(後の助六さん)、まず最初に大きな声をあげて観客の注意を引きつけるなんていう初高座らしからぬテクニックなんかも使っちゃったりして。あのサゲ(オチ)は誰かがやってらっしゃる形なんでしょうか。それともオリジナルなんでしょうか。wikipedia読んでみたら小遊三さんが似て非なるやり方で高座にかけてらっしゃるみたいなんですが。今後中堅となり円熟味を増していく助六さんを山寺宏一さんがどのように演じられるのかも楽しみです。あの元気な「時そば」から進化していく様子がどのように表現されていくのか。ワクワクしますですよ。


今回登場した演目は3つでした。
まずは少年期、先代八雲師匠のところに押しかけた助六さんが見よう見まねで披露する「野ざらし

柳家小三治 「野ざらし」
上方ではこれの原型に近いのではないかという話が残っていまして、題名が「骨釣り」

落語 桂米朝「骨釣り」
両方とも中心となるアイデアは同じですが、登場人物や展開がかなり異なっています。「骨釣り」は高座にかかる機会が多いとは言えない話だと思いますが、それでも米朝一門の米二さんで聞いたことがあります。また、米朝師匠のほかにも南光さんの「骨つり」もCD化されていますですね。オチの感じがかなりドタバタというか、「野ざらし」とはかなり違うものになっていて、好きです。
ただ、「骨つり」ではなく東京の形での「野ざらし」を演じられる落語家さんも結構いらっしゃいます。私の遭遇しただけでも、笑福亭喬若さん、桂春蝶さん、桂坊枝さん、桂まん我さん、桂枝女太(しめた)さん、笑福亭鉄瓶さん。というか喬若さんにいたっては、生では「野ざらし」にしか遭遇したことなかったりしますが(笑)。
あと忘れちゃいけない露の新治さん。近年、大阪よりもむしろ東京で人気に火のついたベテランの落語家さんで、大阪でもじわじわチケットがとりにくくなりつつある実力派さんです。
ご陽気で華やか、豪快さよりも繊細さを感じさせる花のある高座を聞かせてもらえる方。ご陽気で華やかなんだけども「紙入れ」みたいな色気のある話や「大丸屋騒動」なんていう陰のある話もじっくり聞かせてくれます。「大丸屋騒動」は高座にかける人も少ないせい演目ですが、もう大好きなんですよ。残念ながら生で聞いたことはありません。今は亡き落語配信サイト「落語の蔵」で購入したんですが……でも安心、今ならiTunesでいくつかの高座が配信されています。上方落語は東京に比べてソフト化や配信に恵まれていないんですが、ぜひとも聞いていただきたい落語家さんです。


二つ目は若き日の当代八雲師匠たる菊比古さんが初高座でかける「子ほめ」

落語 桂春団治 子ほめ
前座さんが頻繁に演じられる演目の一つで、上方でも「子ほめ」を持ちネタにしていない方のほうが少数派じゃないかと思います。
だもんで、なかなかベテランさん、中堅さんの「子ほめ」を聞く機会は限られるわけで、そんな中で挙げるとしたらやはりつい先日亡くなられた春團治師匠……なんだろうと思うんですが、私、春團治師匠の高座を生では2回しか見たことなくて。「高尾」「皿屋敷」は見たんだけれど「子ほめ」は見たことないんだよなぁ……音源で聞いたことはもちろんあるんですが。やっぱりDVDボックス買った方がいいかなぁ……でも結構なお値段するし、Windows10に更新しちゃったせいでドライバのソフトも買わないと見れないしなぁ……貯金か。やはり貯金するしかないのか。
全部貧乏が悪いんだ。



三つめはこれもおなじみ「時そば

瀧川鯉昇 「時そば」
関西ではそばではなくうどんで、「時うどん」として演じられますが、話の構成がだいぶ違います。登場人物も違いますし、どこで笑わせるかというポイントも全然違うので、「『時そば』は知っているけれど『時うどん』は知らない」という方はぜひ一度聞いてみていただきたいです。

落語 桂枝雀 時うどん
これも持ちネタとされている落語家さんが多いネタなのですが、故 桂吉朝さんのお弟子さんたち(吉朝一門)のみなさんは、そばじゃなくうどんなんですが上方の形ではなく東京の形で演じられます。個人的な思い出なんですが、初めて生の落語を聞きに繁昌亭へ行ったときに吉朝一門の桂よね吉さんがその「時うどん」演じられてまして。これがもうむちゃくちゃ面白くて、帰りに売店で売ってたCDを即購入してホクホク顔で帰ったんですよねぇ。思い出すわぁ。笑福亭仁智さんとか、林家染丸さんとかもその時初めて見たんだよなぁ。
あとなんといっても笑福亭福笑さんの「時うどん」。CDには「刻うどん」のタイトルで収録されていますが、まぁ、時うどんです(笑)。福笑さん、今上方の落語家で「爆笑王」と呼べるのは誰と言ったら必ず名前が挙がる方だと思うんですが、とても放送できないような過激な内容含め、破壊的な新作落語で知られます(例えばね、全世界で原発が忌避される中で、ミクロネシアの小国が原発を誘致することで村おこしならぬ「国起こし」をしようと目論む「大統領の陰謀」なんて話とか、どうやって思いつくんだ!)。もう、笑わせるためならなにしてもいいというような!
それでいて実は、お客さんにもわかりやすいように非常に丁寧にマクラでサゲの伏線を張ったり、話の中でもわかりにくそうなところを実に丁寧に説明したりと「過激で、わかりやすくて、腹の底から笑える」信頼感抜群の方です。
これまた個人的な思い出なんですが、トリで福笑さんが出るのに観客がわずか7人だった落語会に遭遇したことがありまして……その時の熱演はもう、ものすごかったです。第一声でいきなり「感謝します!」と。お客さんの多い少ないじゃなくて、みなさんが来てくれたからこの場があるんだ。ありがとうございます。本当に感謝します、という具合で何度も何度もわずか7人に感謝してからの大熱演。わずか7人だったけれど、終演後、7人の拍手がなかなか鳴りやまなかったですもの。もうあれ以来、絶対的に信頼しちゃってるんですが。
そんな福笑さん、古典を演じられる時も大胆にアレンジ。この「時うどん」も東京版と上方版のおいしいとこどりをしようとでもいうようなアレンジ、すごいパワーでぐいぐい引っ張られます。もし聞かれる機会がありましたら、ぜひぜひ!