万来堂日記3rd(仮)

万来堂日記2nd( http://d.hatena.ne.jp/banraidou/ )の管理人が、せっかく招待されたのだからとなんとなく移行したブログ。

CCCD雑感

facethemusicさんで、bmr8月号に鷺巣詩郎氏がCCCDについての見解を寄稿していることを知り、今日、読んでみました。
立ち読みで済ませるってのが、我ながら貧乏性なんですが。
まあ、そんなことはさておき、読んでみた第一印象は
「ああ、多分この人、CCCDを巡る問題について、ちゃんと調べてみたこと無いな」
というものでしたね。

と、言うのはですね。
ぶっちゃけた話、私、今までCCCDを巡る問題にさほど問題は無かったんですよ。
それが、輸入権問題について扱っているサイトさんたちを見てみると、CCCDとリンクさせて話しているところが多い。で、どういうことだろと読み進めていくと、ああ、確かに問題だわ、これ。
もうひとつ、あるアルバムに違和感を感じたことも決め手になりまして、今じゃあCCCD反対の立場を取るに至ったわけです。
なんかね、鷺巣氏の見解を読んでいると、いかにも、数ヶ月前の私なら言いそうな事柄で満載だったもんでね(笑)。それで、多分あまり調べてないんじゃないかな、と。

細かく感想を言っていきますと、まず、CCCDは技術的にお粗末なものだ、なぜかコピーできたりするし、プレイヤーによっては音飛びしたりもする、というところ。
音飛びどころか、そもそも再生できないケースもあることが知られている上、再生できてもプレイヤーに強い負担をかけてしまう可能性を指摘されています。また、再生できなかったリスナーに対する保証の不備も、強く指摘されているところです。また、CCCD化を望んでいないアーティストにも、音源のCCCD化が強制されてしまうという問題も表面化していますね。
これらの問題が見落とされ、単純化されているようですね。

次は音質について触れている部分なんですが、これは後で触れます。

次は、違法コピーとその配布を、911テロに喩えている点。
これは非常に不快でした。
ブッシュ政権が行った「テロとの戦い」が、いかに問題に満ちたものであったか、各所で指摘されているこのご時世にこういう比喩を使ってみせるその神経の図太さには、ある意味尊敬を覚えますが。極めて悪い意味で。

最後、結びの部分。facethemusicさんのコメント欄でも書かせてもらったのですが、やはり「何らかのコピーコントロール技術を受け入れること」と「現行のCCCD技術を受け入れること」が混同されていますね。
気付いていないのか、意図的にやっているのかはわかりませんが。これは、論点のすり替えですね。

で、音質について触れられていた点ですがまとめますと
CCCDは音が「悪い」というが、劣化しているわけではない
・通常のCDでも、プレスの際に通常のCDとCCCDとの差を凌駕する音質の差が生じることがある
CCCDは音が悪いわけではない。確かにCDと音は「違う」が。
という感じでしょうか。

まず、CDプレスの過程で、CDとCCCDとの差を凌駕してしまうケースがある、という点。
そういうケースが、どのくらいの頻度であるのか、という側面を検討しないことには、大して意味は無い言明ですね。

もひとつ、CDとCCCDの音が「違う」点。
そうなんすよ、違うんすよ。
私なんか、違和感を覚えてしまうんですよ。
このエントリーの前のほうで「あるアルバムに違和感を感じた」と書いたんですが、その違和感を感じたアルバムというのが、Rhymesterの“グレイゾーン”。レーベルゲートCDです。
このアルバム自体は傑作です。発売されて5ヶ月ほど経ちますが、今でも本当に頻繁に、繰り返し聴いています。いつも使っているポータブルプレイヤーも、結構な年代物なので、ひやひやしながらですが(笑)。
で、その出来には、もう十二分に満足してるんですが、音質面で、明らかになんか、違和感を感じたんですよ。音「学」についてはからっきしなんで、うまく言葉に出来ないんですが、なんか、やたらとざらざらしているというか。
作風の違いによるものかな、とも思って、同時期にCDDAでリリースされたRhymesterのMummy Dプロデュース作品を聴いてみたりしたんですが、やっぱり、“グレイゾーン”のほうには違和感を感じてしまうのです。
もし、このアルバムがCDDAでリリースされていたら、この違和感は感じなかったのではないか。
もし、このアルバムが「CCCDとは違う」音でリリースされていたなら、この違和感は感じなかったのではないか。
そう考えると、アルバムのひとつの可能性を、まるまるひとつつぶされてしまったような、そんな気がしまして、悔しくてならないんです。
Rhymester宇多丸師匠は、度々CCCDに対して反対するコメントを発表していますが、そのことも考え合わせますと。
もしかして、私は本来聴くことが出来るはずだったアルバムとは「違う」音のアルバムを聴かされてしまっているのではないか、そんな思いを強く感じます。
それが悔しくてなりませんし、そんなこともあって、現行のCCCD技術を受け入れる気には、とてもなれません。

追記:そうそう、書き忘れていました。
鷺巣氏は、何らかのコピーコントロール技術を受け入れることが義務だ、見たいな書き方をしていたんですが。
個人的には、よりよい技術が開発され、それが満足できるものだったら受け入れることはやぶさかではありません。
が、それは義務ではありえません。
自分で稼いだ金を何に使おうと、私の勝手です。
音源を買おうが買うまいが、それは消費者の勝手です(違法コピーは論外ね)。
消費者がレコード会社を存続させる「義務」を負うようなことは、まったくもってありえません。
まあ、もっと言いますと、消費者が欲しくない商品を売る会社を存続させるような義理はありません。
欲しがらない人が増えたら、売上が下がって潰れる。
シンプルです。

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