万来堂日記3rd(仮)

万来堂日記2nd( http://d.hatena.ne.jp/banraidou/ )の管理人が、せっかく招待されたのだからとなんとなく移行したブログ。

作品に読者が集まり、作家が追いかけられることがないというのは、結果か原因か

平和の温故知新@はてな

ライトノベルの読者は『作品』に集まるので、『作家』を追いかけようとはしない」という言葉がある。いや、誰かが明言したわけではないのだが幾つかのデータからこれは確かな重みを持って語られる。

彼らは「作品」を見るが「作者」を見ない。なぜなら見る必要が無いからだ。自分の好きなシリーズだけを受容していて不都合は無いからだ。

だがそれは正しい反面、酷く勿体無いことでもある。なぜなら「作者」を追いかけることで、より深く自分の好きなシリーズを理解できる可能性があるからだ。

まず、ある大ヒット作を持つ作家の正にそのヒット作と、それ以外の作品との売り上げに大きな差があり、ライトノベルではそれが顕著であったとする。

では、この現象はなぜに起こっているのか。
もちろん、私にはわからんわけだけれども。
読者が意図的に作家を追いかけることよりも、それぞれの作品を重視しているからだというのは、ひとつの仮説である。言い方を変えると、仮説に過ぎない。
例えば、ただ単に(様々な原因から)読書量が少ない読者が多い結果、ヒット作に読者が集中しているのかもしれない。積極的に作家よりも作品を重視しているのではなくて、読むことのできる冊数が少ないが故に、最大公約数的な作品の比率が高くなっているのかも。
はたまた、全然別の理由かもしれない。
ただ、なんとなくだけれども、原因が違うと有効なマーケティングも違ってくるような気がする。
例えば、読者が積極的に作家よりも特定の作品を重視しているのなら、その作家の別の作品も読んでみようというのはキャンペーンとして有効かもしれない。
しかし、そんなに読む余力がない結果としてそうなっているのならば、あまり効果は上がらないかもしれない。この場合、資金面や時間面でもっと本を読むことができる状況が整ったならば、作家を追いかけるという読み方が始まるのかもしれない。

なんか、「かもしれない」だらけだな。
データを調べたりしてないからこういう曖昧な書き方になってしまうんだな。いかんいかん。