万来堂日記3rd(仮)

万来堂日記2nd( http://d.hatena.ne.jp/banraidou/ )の管理人が、せっかく招待されたのだからとなんとなく移行したブログ。

「虐殺器官」について

さて、「虐殺器官」を読了した。
「幻詩狩り」は未だ未読で、今手元に創元SF文庫版があるのだけれど、関連ある? 読んでおいた方がよさげ?
「ジェノサイドの丘」は既読。これは関連ありそう。読んでおいた方がよさげ。


Self‐Reference ENGINE (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)」が、そのわけのわからなさで読者を圧倒したのとは対照的に、「虐殺器官」はそのわかりやすさで読者を圧倒する。この日本産ミリタリーSFがアメリカ人を主人公に、日本から見て諸外国を舞台に繰り広げられることに若干の後ろめたさを感じるのだが、おそらくそれは計算済みのことだろう。
大森望による帯の推薦文には「ポスト9・11」の文字が躍っている。しかし、本書においては(そのタイトルが示すとおり)テロリズムよりもジェノサイドが中心テーマとなっており、むしろポスト・ルワンダといった方がしっくりくる。
もちろん、虐殺はルワンダだけではないんだけども。





本書は様々なガジェットや戦闘描写に興奮できるミリタリーSFであると同時に、進化心理学的SFでもある。
つまり、ジェノサイドはなんで起きるの? というところにまで踏み込んでいて、その説明に進化心理学的な仮定が使われている。言い換えると、虐殺=絶対悪という見方をひっくり返しているわけで(このひっくり返す時点に至って、ようやくテロリズムが絡んでくる。)、いや、実にSF小説のマナーに忠実な作品といえる。


その一方、戦闘以外の社会描写には、今現在のネット社会をそのまま敷衍したようなものが多々見られる。
国防情報が半ばSNS化している描写などは、その際たるものか。


最初の方で「虐殺器官」はわかりやすいと書いた。
現実世界を敷衍したような近未来社会、適度な質感の伴う戦闘描写、理解しやすいよう、ある程度すっきりと整理された擬似進化心理学的説明、いかにもエンターテイメント小説的などんでん返し。
うん。とても「わかりやすい」。


この作品が問題作足りえるのは、そのメッセージ性までが実にわかりやすいが故である。実も蓋も無い、返答しようが無いようなメッセージだ。青臭いといってしまえばその通りなのだが、「そんな、青臭い」ではなんの返答にもなっていない、困ったものなのである。


つまりね。
「ジェノサイドが起こっているけれども、テレビやネットでそれを見ている先進国の俺たちはどうしたらいいの?」
話題のSF小説を読んだら、こんなことをすっごい真顔で言われてしまった、そんな感じなのだ。


そんなこと言われてもねぇ……と口ごもったところで、やはり何の返答にもなっていない。虐殺なんて許せない! と青臭い怒りで返してみても、やはり返答にはなっていない。


この小説のエピローグを否定するのは、案外、骨だと思うよ。