万来堂日記3rd(仮)

万来堂日記2nd( http://d.hatena.ne.jp/banraidou/ )の管理人が、せっかく招待されたのだからとなんとなく移行したブログ。

パトロンはなににお金を払うのか

ITmedia +D LifeStyle:商業芸術におけるパトロンシステムの崩壊と再生への道 (1/3)

小寺信良氏が、文化におけるパトロンの復活について、試論を展開している。
読んで思ったのは、パトロンというのは「商品に対して代価を払う」というシステムの次の段階としてはありえるだろうということ。
言い換えると、「商品に対して代価を払う」という考え方が払拭されないと、十全に機能するのは難しいのではなかろうか。


では、かつてのレコード会社のように、どこかの企業体がこれに変わるとするならば、どこだろうか。今多くの富を集めているのは、通信系企業である。ただインターネット上のサービスはほとんどアメリカのGoogleが押さえてしまい、今後ネットワーク上では、ソフトウェア開発能力で劣る国は勝てないだろう。


つまり、少し前まで存在した現代的なパトロンというのは、自分たちが囲っている芸術家の作品を商う(もしくは利用する)ことで利益を上げる企業体であった、ということだろう。それがバブルもろとも弾けてしまって、なんか90年代は空白扱いされたり暗黒扱いされたりしていることは皆様ご承知の通り。
ここであらたに、例えば通信系企業がパトロンになったとしても、やがて同じように不況が訪れ、そもそも芸術に対する出費が社会全体として少なくなった時にそれまでのパトロンがパトロンとしての機能を失って……というのを繰り返すだけではないだろうか?


引用の順番が前後するが

 したがって日本がコンテンツ立国を目指すと決めたからには、再びパトロンシステムの構築が必要になってくる。社会全体がパトロンになるという方法論で行けば、新たにコンテンツ税のようなものを新設すべきだろうか。だがそれは、なぜクリエイターだけを優遇しなければならないのか、という不満を産むだろう。

 椎名氏が言うような、著作権の利用もひとつの方法かもしれない。つまりコンテンツを楽しむ人だけが、あるいはコンテンツを楽しんだときだけに、パトロン税が付加されるという仕組みだ。

 ただこれは現状の補償金の在り方が、利用されたアーティストに還元されるという大義名分で動いている以上、補償金というシステム全体を再設計しなければならない。さらに現状は、強化されていく著作権によってもたらされる不自由さが、ユーザーの利便性を損なう状況下にあるため、抵抗が強いのもまた事実である。

この場合は消費者が社会全体がパトロンになるという考え方だが、上で言うところの広く薄くのコンテンツ税(「文化振興税」とかになるのかね?)の実現が難しいとしたら、コンテンツ利用の際に権利の使用料がかかるという形になる。これは言い換えると「これまでと同じ楽しみ方をしようとすると、よりお金がかかるようになる」つまり「コンテンツの単価が上がる」ことである。社会的な同意形成がなされた後だったら別にそれでもかまわないと思うんだけれど、いかんせん、企業体がパトロンになった時と同じ問題をはらんでいるように思う。つまり、社会が比較的貧乏になったらどうすんの? という話。いや、これから先、一回も貧乏にならないなんてわけ無いんだから。
芸術に割く余裕が少なくなった時、以前より単価が高くなった作品にどれだけのお金を払うだろうか?
現在の私的録音録画補償金をめぐる主張にそれを垣間見ることも不可能ではないかもしれない。ぶっちゃけると私的録音録画補償金の対象拡大の主張というのは「補償金の金額が少なくなってきたから、もっととれるように対象を拡大してください」というものだからね。


と、ここで、

novtan別館 - 音楽業界における直接的パトロンシステム、artistShare

小寺氏の試論を受けてid:NOV1975氏が書かれたこの記事である。関係ないが私は1975年生まれ。ひょっとして同い年ということ? いや、まったく関係なくて申し訳ないが。
話を戻すと、現状でも、直接的なパトロンシステムへの試みが存在するということである。いや、面白いっすねぇ。
引用すると

この人が利用しているサイトは、アーティストに対して直接的な「援助」を行える。新しいアルバムを優先してダウンロードする権利や、レコーディングに参加する権利まである。この人の場合1人の$18000、2人の$7500、5人の$2500、10人の$1000のパトロンが全部売り切れになっている。あとは個別にCDのプロジェクトにお金を投じたりすることができる。


面白いのは、上記の試み、作品の購入というスタイルに必ずしもこだわっていないということだ。
ここで「作品を購入し、購入した人は代価を支払う」というシステムのみにこだわってしまうと、どうも無理が出てくるように、というか、企業体がパトロンになるのと同じ行き詰まりを迎えるように思うのだが、作品の購入以外のサービスを通じてアーティストに援助を行うというのは、それのうまい回避方法じゃないだろうか。
と、いうのも、ここでまた引用だが、ただし、小寺氏の記事からである。

もちろんクリエイター側も、甘えているだけでは済まされない。パトロンとは常に、不公平なものなのだ。気に入って貰えるためには、自分の可能性を積極的にアピールする手段を持たなければならない。


作品の購入以外のサービスの提供、というのが、パトロンが不公平に振舞うのを助けるんじゃないかと。
例えば、私、スティーリー・ダンが大好きなのだけれど、スティーリー・ダン関係の音源なんて、そうそうぽんぽんリリースされるわけじゃない。
で、リマスター盤を鬼気迫る勢いでそろえるという手もあるのだけれど、いや、正直それもちょっとなあと思ったりして。
まあ、それでもオリジナルアルバムの他にベスト盤を何枚か持っていたりするのだけれど(笑)。
これを一般化すると、たとえばだが、作品の購入というモデルだとリリース間隔が開いているときには、そのアーティストを「援助」するのは中々難しい、ということにならないだろうか。
それならば、作品購入以外にも気が向いた時に援助できる仕組みがあったほうが、ずっと援助しやすくなる。
小寺氏の記事におけるブックマークコメントでも言及があったけれど、いってみりゃ特典を伴うWeb投げ銭ですかね。
お気に入りのアーティストに対して、可能な時に援助を行う、という方が、新譜を購入するのよりも敷居は低いじゃなかろうかな、と。


当然、このやり方だとパトロンたちのお気に入りのアーティスト以外は苦労することになる。が、それでよい気がする。
というのもね、パトロンが公平に振舞う、となるとそれは限りなく小寺氏の言うパトロン税に近いものになるから。そうすると、またバブルがはじけたよ、不況が来たよヘヘイヘイというときに、パトロンがパトロンとして機能しなくなって……ってなっちゃうから。
言い換えると、パトロンが弱体化しても、せめてお気に入りのアーティストくらいは援助できるようにするには、薄く広くでは無く、わがまま気ままに援助できるやり方のほうが有効だと思うからだ。
で、そのためには気軽に援助できるようにすることが必要で、「作品の購入」以外のサービスを利用することは、それにうってつけではないか、と。


なんか長くなってしまった。整理しよう。


・パトロンシステムが復活するには、今までパトロンやってた企業体の代わりに別の企業体が面倒を見るというのでは、同じことを繰り返すだけだろう。

・税金投入ってのもありだが、同意形成が難しい。

・補償金の見直しや新たな権利の創設による金銭徴収は、それが最終的に利用者が負担するコストに反映されることを考えると、不況に弱いという点で企業体がパトロンになるのと同じ弱点を有するのではないか。

・それならば、広くアーティスト全体(もしくは業界全体)を支えることを考えるようなパトロン制度よりも、個々人好き勝手に「援助」しやすくする仕組みづくりを促進した方が、パトロンシステムが機能不全に陥りにくいという点で有効ではないか。

・そういった試みのひとつが、NOV1975氏が触れているartistShareだ。作品の購入以外のサービスに対して援助できるというのは、「援助」の機会を増やすのに効果的だろう。

・この形が一般化するとなると、つまり現在よりも作品の購入以外での「援助」が増える。言い換えると、「作品の購入」というスタイルの重要性が低下する、ということである。なんか、プリンスがライブで儲けてるって話を思い出すね。


と、いうわけで、もっと(おそらくはネット上で)作品の購入以外の「援助」の選択肢が増えた時、「作品の購入」の相対的価値が低下したときこそが、パトロンシステムが有効に機能するのではないか、というのがとりあえずの結論。

関係ないが、アマゾンから下記の本が届いたので、これから読みます。今月中に読み終われると良いなあ。

CONTENT'S FUTURE ポストYouTube時代のクリエイティビティ (NT2X)

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