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万来堂日記3rd(仮)

万来堂日記2nd( http://d.hatena.ne.jp/banraidou/ )の管理人が、せっかく招待されたのだからとなんとなく移行したブログ。

幻想の一枚岩(追記あり)

著作権

ニコニコ動画の人気と唐沢盗作騒動:趣味のWebデザイン

ニコニコ動画の人気と唐沢盗作騒動 補足

数日前の話になるけれど、上記エントリ、補足まで読んで合点がいった。なるほどなるほど、正論であると思う。
私自身は、著作権云々書いている割には、なんとびっくり、諸事情によりYoutubeの恩恵にもニコニコ動画の恩恵にも預かっていない人間であるけれど、著作物を利用される側としての自分(まあ、あまり機会は無いにせよ)というのは、あまり意識していなかったなあ、と反省させられることしきり。



それと同時に思ったのは、もっと細かいライセンスが必要なんだなあということ。
著作者にも色んな人がいるはずで、「ここまでは私的にはOK」という境界線というのも様々なはずで。よく今の著作権法は時代遅れになりつつあるというけれど、著作権法そのものが時代遅れになっているというよりも、その使い方、それをとりまくシステムといったものが時代遅れになっているんだなというのが、もうつくづくと。
そういった「自分の著作物はここまでだったら使っても良いよ」というのを、現状よりももっと細かくクリエイター自身が明示していく社会というのが、目指すべき社会なのかなぁ、などと。クリエイティブコモンズとかもあるわけだけれど、もっと細かいものが必要になってくるに違いない。
古くなってしまっているのは、そういったところをグレーゾーンに収めることでやり過ごしてきたという今までのやり方なのではなかろうか、と。そんなことを思ったですよ。
例えばMADつくるくらいなら良いよと考えているアニメ・ゲーム製作者とか、小規模なネットラジオとかなら俺の曲をかけてもいいよとか、全部は嫌だけど1分くらいならいいよとか、10秒以内のサンプリングなら文句言わないよとか、様々な立場がありえると思うんだよね。現状でも。
All Rights Reservedばっかりの世の中というのが古くなりつつあるんであって、権利者の許容幅が狭いというか、一枚岩幻想というか、そういったものが時代遅れになりつつあるんだろうなとか、そんなことをつらつらと。


追記:上の文章は出勤前の時間がないときにさらさらっと書いたものなので、少々追記を。
リンクしたエントリに関して、無断転載と盗用が混同されているところを問題視している方も多いようで、で、確かに混同されていると思うのだけれど、論旨は別の所にあると思うので、私自身は問題視はしていない。
要するにアレでしょ? ユーザーがより緩やかな著作権管理を求めていくというのなら、ユーザーの側が率先して自らが生み出したコンテンツに対して緩やかな管理を行なっていくべきだという話でしょ? 「まず隗より始めよ」という奴。転載と盗用が混同されているという指摘も、例として唐沢俊一氏のことを挙げるのは適切ではないという指摘も、その設問に対する答えにはなっていないんじゃないかな、と、思う。