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万来堂日記3rd(仮)

万来堂日記2nd( http://d.hatena.ne.jp/banraidou/ )の管理人が、せっかく招待されたのだからとなんとなく移行したブログ。

DRMは著作権より強い、よねぇ?

著作権

DRMって、著作権より強いよねぇ?
DRMはもちろん著作権を保護するためにあるんだけどさ。じゃあ、たとえば「みんな傾注! 傾注〜! 明日から著作権法はなかったことにするから!」「……マジっすか?」みたいなことになったとして、DRMはどうなりますかといったら、なにも変わらない、というかもっと強力なのがでてきますわな。「このコンテンツかわいい! かわいいよぅ! はうう〜〜〜 お持ち帰りぃ〜〜!」という人に「勝手に持ち帰ったりしたら駄目なのですよ。悪い子なのです。めっ」とかいっても通じなくなるわけだから、コンテンツの周りに入念なトラップを仕掛けて「ほーーっほっほっほっ! 引っかかりましたわね。まったく、いつまでたっても行動パターンが同じなので、仕掛ける側も張り合いがありませんわ〜〜」みたいな……ええと、ウチを読んでくれている人にどのくらいひぐらしネタは通用するのでしょうか。めっさ不安になってきましたが。
それにしてもひぐらしアニメ第三期ってなにやるんでしょうね? 「ひぐらしデイブレイク」のアニメ化に違いないと勤め先では意見の一致を見たのですが……


ち、ちがう! そんな話じゃない!
DRMの話!
DRMは著作権法にオーバーレイするよという話ですよ!
津田大介氏が以前、補償金かDRMかの二択的な問題提起をしたことがあったじゃないですか。今もその問題提起は続いているわけですが。
そうは言っても著作権「法」に関係なくDRMは出てくるわけで、著作権法の枠組み内でDRM技術の発達や普及に歯止めをかけるというのも、それはそれでそぐわない気もするわけです。もちろん、海外における技術開発にはまったく手を出せないわけだし、CCCDだってそもそもはイスラエル産だった記憶がありますし。
と、そこで少し前の小寺氏の提案ですよ。
閲覧権とは違うアイデア - コデラノブログ 3

ただこのアイデアだけ借りて、現状の補償金制度を根本から解体し、広く薄く徴収したお金で縁の下のクリエイターの生活保障や、若手クリエイターの育成資金として再設計するという話にしてしまったらいいのではないか。つまり、これまでの補償金のように記録メディア側から徴収するのではなく、複製可能な形態で配布されるコンテンツ側から広く薄く徴収するというモデルである。

これならば、DRMをかけて複製不可にしてあるコンテンツからは、お金が徴収できないというロジックになる。そうするとコンテンツ配布は必然的に、コピーフリーあるいはコピー前提の緩いDRMへと転換せざるを得なくなるだろう。さらにこれまで難題であった、DRMと補償のバランス問題も解決する。

DRMが強いのを逆手にとって、「強いヤツは保護してやんないもんね」というアイデアで、なるほど、これならDRM技術の開発とドンパチやらかす必要はない。私的複製による損害を「補償」するものから、私的複製できる状況を「保証」するものへ、という枠組みの変換にも対応。
ひとつ問題とされるだろうなと思うのが、ユーザーによる返還ってのが(まあ、現状でも機能はしていないけれど)考え方としてなくなってしまうだろうー、という点で。その点に納得できるか否か。
個人的には、「個々人が与えた損害を補償するんだ」という性質のものではなくなるんだよという前提があるわけだから、その点は受け入れることが出来ますが。


私的録音録画小委員会:「DRMが普及し、補償金がなくなる未来」を文化庁が提示 - ITmedia News
これを好ましいものと評価する向きもあるでしょうが、反面、コピーフリーやゆるいDRMでコンテンツを流通させることに対する圧力として働かないかい?
角川氏が閲覧権がらみで言及した(らしい)「超流通」じゃないけれど、DRMで細かく流通を管理するシステムがあっていいのと同様、そこら辺を緩やかに開放するシステムがあったっていい。文化庁の描く未来像はDRMの普及が前提となっているんで、もう一方の可能性が反故にされてしまっているんじゃないか、と。
いや、ありえない話じゃありませんよ?
だって、CCCDはなくなったじゃないのさ。


これまでの文章では敢えて消費者、エンドユーザーというものの存在を無視して書いていたんだけれど、ここに来てようやくエンドユーザーの出番。
様々なDRMだかEPNだか、そういった技術が今後も新たに開発され、導入されていくことはほぼ間違いないだろうけど、それが普及するか、定着するかは実は個々の消費者の選択に任されているという厳然たる事実! わお!
馬鹿にしちゃいかんぜ。実際、CCCDをなくしたという実績を持つんだから。
コピーワンスだって、まんまと一般化したかといったら、まさにそれをめぐってひと悶着している真っ最中なわけでしょう?
普及するかしないか、ではなくて普及させるかさせないかなんですよ。私たち一人一人がね。
その結果、DRMがめっさ普及しましたよ〜ってんなら、それもまた良し。選択の結果だ。
ただ、現状そうなってはいないわけで、そんな中で官公庁がDRMの普及を既定路線化したヴィジョンを打ち出すことには、強い反発を覚えるですよ。JEITAもな。
とりあえずあれだ、役所やメーカーやコンテンツホルダーが何を言おうが、消費者・エンドユーザーは「選択する」という影響力を常に行使し続けているんですよという、当たり前の結論で、この文章はおしまい。