万来堂日記3rd(仮)

万来堂日記2nd( http://d.hatena.ne.jp/banraidou/ )の管理人が、せっかく招待されたのだからとなんとなく移行したブログ。

敬意について

ここ数年、意識して著作権関係の話題を追うようになってから、「敬意」とか「リスペクト」とかいう言葉が、本当に大嫌いになってしまった。本来ならなかなか嫌いになるのが困難な言葉であるはずなのだが、困ったものである。


嫌いになった理由のひとつは、「敬意を払うべきだ」という言葉を盾にして、精査もせずに都合の良い経済的要求がなされていくのを、嫌というくらい見てきたこと。
もうひとつの理由を、これから述べる。


いや、もちろん敬意は払うべきなのだ。
私個人の話をすれば、例えば昨年「Self-Reference ENGINE」を読んで大変に衝撃を受けた円城塔に。
例えば残業中にアルバム「FAMILY」の曲を聴いて、何度も余力を奮い起こすのを助けてくれたKOHEI JAPANに。
例えば、体の奥に潜んだ凶暴な血を心地よく刺激してくれた映画「300」に。
その他にも多くのクリエイターや生み出された作品に、感謝を捧げたい。


もちろん、敬意というのはクリエイターや作品に払っていればそれでいいというものではない。その他にも敬意を払うべき人たちはたくさんいるのだ。
例えば、ネットで買い物が便利になった。つい昨日も、中々大きな本屋に行く時間が取れないこともあり、Amazonで一万円少し買い物をした。そのサイトとシステムは私の知らない誰かが支えている。
そして、運送業の人たちが、歯を食いしばって商品を私の元へ運んでくれるのだ。物流が機能しなければ、社会なんて簡単に崩壊する。
そうそう、大きな本屋には中々いけないが、職場の近くにある小さめの本屋にはよく足を運ぶ。コミックや新書や文庫は、ほとんどそこで買っているようなものだ。新刊書店の「納品多すぎ!」という悲鳴はよく耳にする。そんな戦争状態の中、あの売場を維持し、ノーマークだった面白そうな本との出会いの場を与えてくれる。
今はあまり足を運ばなくなってしまったが、私の学生時代はタワーレコードと共にあった。毎月、タワレコが発行しているフリーペーパーをチェックし、気になる新人に印をつけて、どうやりくりしようか悩みぬいていた。
そうそう、そこで視聴して購入したアルバムだって何枚もある、あれはきっとレコード会社の営業さんが用意してくれたのだろう。例えばミシェル・ンデゲオチェロとの最初の出会いは視聴機でだった。フェミ・クティもそうだったかな?
心から、感謝を捧げたい。


別に、著作物やその流通に限った話でもない。
激務が報じられることも多い中、地域の医療を支えている医師たちは?
仕事帰りの疲れた夜中、自分へのささやかなご褒美として立ち寄るびっくりドンキーは?
スーパーが空いている時間働いている身としては、もしコンビニがなかったら、どれだけ生活が不便になることか。
その他にも、たくさんたくさん。


もし、あなたが何か仕事についていて、その仕事でがんばっているなら、それは社会に貢献しているということであり
私たちはあなたに感謝を捧げる。


ここまで読んでくれた方の頭の中に、敬意を払うべき人たちというのが、それぞれ浮かんでくれているといいのだが。
さて、それではお聞きしたい。
あなたの頭の中に浮かんだ、その尊敬すべき人たちに、敬意を払うことを求められたことはありますか?


社会に出てからいくつかの会社を転々としているが、ずっと小売業でやってきた。
いやね、ここだけの話、レジにお金を放り投げるように置かれるというのは、何年たってもなれることが出来ない。いやね、やっぱりあれは気分のいいものではないですよ。
それでも、私たちというのはそもそもがお客さんにそこまで要求していない。というか、そもそもするべきじゃないってのを叩き込まれている。
なんとも軽く見られたもんだなぁとは思わないでもないけれど、苦笑を笑顔で塗りつぶして「ありがとうございましたー、またお越しくださいませーっ」ってなもんである。
私は自分の果たしたささやかな社会的役割に対して、誰かに敬意を要求したことはない*1。そもそもそんなことするべきではない。


あなたは、誰かに敬意を要求したことはありますか?


で、だ。
自分たちへの敬意を要求してはばからない稀有な人たちがクリエイターであったりその周りの人であったりするわけだ。もちろん、全員ではないよ?
多くの人たちが自分たちの果たす役割を誠実に果たし、敬意など求めずに必死に生き抜いていると言うのに、彼らの一部は公に敬意を要求する。
いや、これが「いまクリエイターは○○や××の影響で△△程の不利益を被っており、全体として苦境に立たされています」って感じで、それについての施策を要求していくってんなら、話はわかるよ? でも「敬意を払って欲しい」ってのは、そういったのとは全然別次元の話じゃないさ。
「私たちに敬意を払うべきだ」という人たちに、私たちは敬意を払うべきなのか?
それが、根本的な疑問としてあるんだよ。




私は、慎ましやかに自分がなすべきことを誠実になしていく、なしていこうとしている人たちを、心から尊敬する。

*1:もっとも、私の「職業」自体を非難する言説とはこれからもケンカするけどね