万来堂日記3rd(仮)

万来堂日記2nd( http://d.hatena.ne.jp/banraidou/ )の管理人が、せっかく招待されたのだからとなんとなく移行したブログ。

私家版SF OLD STANDARD その2 サイバーパンクSF 千葉市の春を愛す

SFが読みたい!〈2008年版〉発表!ベストSF2007 国内篇・海外篇の「SF最新スタンダード200徹底紹介」。トップバッターを飾りますのが前島賢氏による「チバ・シティの現在 ポスト・サイバーパンク」でございます。
ご存知の方には野暮な事柄でございましょうが一応かいつまんで説明いたしますと、サイバーパンクというのは80年代のアメリカで起こった運動でございまして、テクノロジーが社会の隅々にまで影響を与えた姿を描き出すことをお題目としておりました。運動に参加していた作家としましてはウィリアム・ギブスンブルース・スターリング、ルイス・シャイナー、ルーディ・ラッカーあたりが有名でございます。その運動から生み出された作品群は洋の東西を問わず、大きな影響を及ぼしました。
で、当の運動自体は本人たちによって終結宣言が出されておりまして。それでもサイバーパンクの影響自体はすでに定着してしまっている。そんな状況下で生み出されたサイバーパンクの子供たちが「ポスト・サイバーパンク」なわけでございます。
そうそう、何で千葉市なのかと申しますと、ギブスンが作品内で先鋭的な都市「チバ・シティ」を舞台に物語を展開させたんです。チバ・シティはサイバーパンクのイコンのひとつなんですな。
前島賢氏がリストアップした10作品は以下のとおりでございます。

猫の地球儀 焔の章 (電撃文庫)
猫の地球儀 その2 幽の章 (電撃文庫)
マルドゥック・スクランブル―The First Compression 圧縮 (ハヤカワ文庫JA)
マルドゥック・スクランブル―The Second Combustion 燃焼 (ハヤカワ文庫JA)
マルドゥック・スクランブル―The Third Exhaust 排気 (ハヤカワ文庫JA)
ぼくらは虚空に夜を視る (徳間デュアル文庫)
パターン・レコグニション
タクラマカン (ハヤカワ文庫SF)
スノウ・クラッシュ〈上〉 (ハヤカワ文庫SF)
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ソドムの林檎
サウンドトラック 上 (集英社文庫)
サウンドトラック 下 (集英社文庫)
ブラックロッド (電撃文庫)
MOUSE(マウス) (ハヤカワ文庫JA)



NEW STANDARDでポスト・サイバーパンクを取り上げるんでしたら、OLD STANDARDではサイバーパンク作品を取り上げるべきかなと思いまして。
皆様にお勧めいたしますのは以下の作品でございます。
ミラーシェード―サイバーパンク・アンソロジー (ハヤカワ文庫SF)
クローム襲撃 (ハヤカワ文庫SF)
蝉の女王 (ハヤカワ文庫SF)
接続された女(短編集愛はさだめ、さだめは死 (ハヤカワ文庫SF)所有)
パパの原発 (ハヤカワ文庫SF)
重力が衰えるとき (ハヤカワ文庫SF)
ドクター・アダー (ハヤカワ文庫SF)
ヴィーナス・シティ (ハヤカワ文庫JA)
攻殻機動隊 (1) KCデラックス
ハードワイヤード〈上〉 (ハヤカワ文庫SF)
ハードワイヤード〈下〉 (ハヤカワ文庫SF)

「ミラーシェード」は、サイバーパンクの短編を集めた短編集でございまして、ショーケースみたいなもんでございます。入門にはうってつけですが、まあ、品切れでございますな(笑)。古本屋で見かけましたら是非。
ギブスンなら「ニューロマンサー」、スターリングなら「スキズマトリックス」という長編がそれぞれ有名でして、特に「スキズマトリックス」は個人的に大好きなんですが少々敷居が高いところがございます。その点、短編集のギブスン「クローム襲撃」、スターリング「蝉の女王」は物語にも入り込みやすくてもってこい。ギブスンはサイバースペースという概念を普及させた張本人。スターリングは身体のサイボーグ化を進める〈機械主義者〉と、バイオテクノロジーを自らの体に施しまくる〈生体工作者〉との対立を描いた一連の未来史で有名です。「クローム襲撃」収録作品では「冬のマーケット」、「蝉の女王」では「巣」「スパイダー・ローズ」が個人的にオススメでございますね。
サイバーパンク運動の際に再評価された過去の作品というのもございまして。ティプトリーの「接続された女」もそんな作品でございます。私見ではございますが、時代を読む目といい、作品を包むハードボイルドな語り口といい、ドラマの盛り上げ方といい、古今東西見回してみましても、この作品並みのものはそうはございません。
K・W・ジーターの「ドクター・アダー」も再評価を受けたクチでしょうか。サイバーパンク以前にはすでに完成してた作者の処女長編が運動の最中にようやく出版され、日の目を見たパターンでして。フィリップ・K・ディックの熱烈な序文が付いております。退廃と暴力が一山いくらで売っているような都市で、売春婦の肢体改造を生業にする変態医師の話。まあ、そりゃなかなか出版できませんわな(笑)。ドライで、どうしようもなく救いのない、それでいてドライヴ感のすごい作品です。当時の序文において(うろ覚えなんですが)ディックが時代を読む目を絶賛していましたが、2008年に新作として発表されたとしても不思議はない、というか今読んでもヤバいであろう作品です。だって、その方が客受けがいいからって、売春婦が医者の所に行って足を切り取ってもらうんでございますよ?
「パパの原発」は、サイバーパンク運動に参加した中でも変り種、マーク・レイドローの代表作でございます。非常に仲の悪いお隣さん同士がありまして。どんどんいさかいがエスカレートして、ついには抑止力として原発を導入してしまうという(笑)。なんか篠田節子の「斎藤家の核弾頭」を連想しますな。いや、こちらは未読なんですが。サイバーパンクと一言に申しましても、案外いろんな作品があるもんで。
サイバーパンクのガジェット(小道具ですな)を導入したエンターテイメントってのも書かれまして、代表格がウォルター・ジョン・ウイリアムズの「ハード・ワイヤード」とジョージ・アレック・エフィンジャーの「重力が衰えるとき」。前者は身体改造を施した女用心棒がやたらかっこいいアクション(余談ですが、「ニューロマンサー」のモリイもやたらかっこいい女殺し屋でした)。後者は人格を(なんと頭にカセット挿し込んで!)自由に変えることができる世界を舞台にした探偵物語。舞台がイスラム圏の大都市であることも話題になりました。
サイバーパンク巽孝之氏あたりの熱心な紹介もありまして、日本にも入ってまいります。その一例が「ヴィーナスシティ」なんですが、もしかしたらテクノロジー描写が古びて見えてしまうかも。機会があったら再読して確かめてみたいんですが。テーマはサイバースペースにおけるジェンダーと恋愛だったりします。
でも日本でサイバーパンクといったらやっぱり攻殻機動隊かな、と。世界のすべてを情報に還元するという特異な世界観、本場アメリカだってそこまではたどり着けなかったわけで*1。実はサイバーパンクを代表する作品を一つ選べと言われたら攻殻機動隊を選ぶべきではないかと、こっそり思っていたりします。
関係ありませんが、そろそろ「攻殻」が一発変換できる世の中になったりしませんかね?(笑)


さて、長のお付き合いありがとうございます。次回はハードSFでございます。
もしよろしければ、次もお付き合いのほどを。

*1:唯一の例外が数学者兼SF作家のルーディ・ラッカーだったわけですが