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万来堂日記3rd(仮)

万来堂日記2nd( http://d.hatena.ne.jp/banraidou/ )の管理人が、せっかく招待されたのだからとなんとなく移行したブログ。

角川とyoutubeが手を結び、盛り上がるかと思いきやネット権がアンインストール

角川、投稿アニメで広告・ユーチューブと連携�インターネット-最新ニュース:IT-PLUS
これは大きな動きである。引用しよう。

角川グループホールディングスは6月から、米グーグル傘下の動画共有サイト「ユーチューブ」への投稿動画を利用して新しい広告事業を始める。自社アニメ作品の映像を使った動画が投稿されると、ユーチューブ経由の配信を認めるかどうかを角川が判断。許諾する場合は動画に広告を付け、その収入を角川、ユーチューブ、投稿者の3者で分配する仕組み。共有サイトを広告媒体として活用する日本初の試みで、ほかのコンテンツ会社にも広がる可能性がある。


これは大きな動き。
「自社アニメ作品の映像を使った動画」がMADでなくてなんだというのだ。
以前、ブクマコメントでid:whatsmysceneさんに

エンドユーザー視点による問題点の指摘。悲観論になるけれど、MAD的なものが日本社会において公認されるためにはあと10〜20年ぐらいは最低でも必要だと思う。今の利権者世代にあれは理解不能だから…。

というコメントをいただいたことがあったのだけれど、いや、動きが早い。
歓迎したいと思うのだけれど、いや、でもこれ、問題を生み出すと思うよー。


えー、たとえば。ハルヒとアンインストールでMADを作ったとするじゃないですか。

もちろん、実際にあるわけですけど。
このMADに角川が広告をうつことにしたとして、さて、アンインストールの立場はどうなるんだろう、という話。


角川が楽曲の使用許諾を代わりに取ってくれるのだろうか? いや、まさかね。
楽曲については相変わらず無許諾の状態のままのMADに角川が広告をうったなんていう事態になると、これはややこしくなる可能性がある。
「私は楽曲の使用を許諾していないのに、勝手に角川が広告を打って「公認」するなんて!」
なんてね。
法律にはてんで詳しくないけれど、こうなった場合、角川に火種が飛ぶ危険だってあるんじゃなかろうか。



ではでは、たとえば、その動画投稿サイトがJASRACみたいな組織と包括契約を結んでいた場合は?
まあ、契約内容次第だろうとは思う。これについては後述。




で、懐かしいですね。ネット権の話ですよ。
著作権と別の「ネット権」創設を、角川歴彦氏ら参加のフォーラムが提言
【クマガイコム】GMOインターネット社長 熊谷正寿のブログです | 「デジタル・コンテンツ法有識者フォーラム」政策提言(2008/3)について

以前このニュースを聞いた時には、正直、私も頭がMADにまで回っていなかった。自社作品の配信の話だと思っていたのね。だったら、ただ単に作者との契約時にネットの送信に関しても契約をかわしておけばいいじゃないか、と。しかし、MADとなると話は変わる。自分たちが著作権を管理しているものだけが使われているとは限らないからね。MADを商業的に利用していこうと考えていったら、何か強制執行的な仕組みの導入に行き着いたとしても、そりゃ不思議ではない。
そうなると、改めてネット権というのが報酬請求権ではなく許諾権として設定されていることが疑問に思えてくる。
ネット権だと、公衆送信を許諾するのはネット権者なわけですよ。まあ、提言の中で想定されているのは映画会社とかレコード会社。
そうすると、「私は楽曲の使用を許諾していないのに、勝手に角川が広告を打って「公認」するなんて!」となってしまうリスクというのは、存在したままなのね。アンインストールの例でいくと、ビクターが首を横に振ればもうダメ*1。報酬請求権だったら、報酬がネット権者に届けばOK(その金、誰が出すのっていう問題はあるけど)。
ここらへん、商売っ気がでちゃったなあという感じなのかも。自社作品の手綱を緩めずに、他者作品も使用されているであろうMADを商業に組み込もうってのは無理があるよ、みたいな。



さて、後述すると書いたお話。「ではでは、たとえば、その動画投稿サイトがJASRACみたいな組織と包括契約を結んでいた場合は?」
この場合、同一性保持権というのが問題になってくる。簡単に言うと、他人の著作物を勝手に変えちゃ駄目だよ、という権利。
MADにおける楽曲使用には様々な形があるわけで。曲をフルで使うなら同一性保持権はかかわってこないだろうけど、なにか要素を付け加えたり、ぶったぎったり編集したりshort ver.作ったりとなると、それは同一性保持権の侵害になる可能性がある。
ここらへん、非常にややこしい。
何でややこしいかというと、この同一性保持権、もっと大きなカテゴリである「著作人格権」の一部なんだけども、ほら、なにせ「人格権」でしょ。基本的に放棄したり人に譲ったりできないんだよ。ウィキペディアにもそんな風に書いてある。もちろん、そんなとこまで管理している団体なんて聞いたことがない。
ところがね、これがケースバイケースであったりする側面もあるらしい。例えば、ある小説を子供向けに出版しなおす(作者もそれには同意している)として、作者に無断で漢字にふり仮名をふった場合。これは同一性保持権を侵害しているか、みたいなね。この場合は作者はある程度同一性保持権を放棄しているとみなしてもいいのではないか、みたいな*2
で、共同で作った著作物の際には著作人格権の執行者に誰かを任命みたいなこともできるみたいだから、議論が深まっていけばなんとかなりそうな気がしないわけでもないんだけれど、いやあ、さすがに私には荷が重すぎるな。


追記:id:myrmecoleonさんから原盤権忘れてるんだぜ的なご指摘をいただいた。おおっ。すっかり忘れてたよ。ありがとうございます。
ネット権絡みでいうと、原盤権者=ネット権者的な運用がなされるようなキナくさい匂いがプンプンするので、その気になれば越えられそうなハードルな感じはするんですが、足並みがそろうかどうか。
足並みかぁ。ハードルを二人三脚で越えようとするようなものか。

*1:映画・アニメ内で使用されている曲についても、同じようなケースが想定できないわけではないけれど、そこらへんの許諾手続きをシンプルにするのがネット権の目的の一つなわけで。「別々のネット権者に許諾を得ないと映画を流せない」みたいな運用はしないでしょう、多分。そんなだったら、本当にメリットがなくなる

*2:ふり仮名の例をあげているわけではないけれど、ここらへん中山信弘氏「著作権法」(有斐閣)を参考にしています