万来堂日記3rd(仮)

万来堂日記2nd( http://d.hatena.ne.jp/banraidou/ )の管理人が、せっかく招待されたのだからとなんとなく移行したブログ。

MADを巨人の肩に加えるのか

私事が立て込んでいてネットをスルーしていた間に……いや、飲み会いったりカラオケ行ったりしてただけなんだけど……ニコニコ動画とMADに関連した動きに刺激される形で、MADについての面白いエントリがいくつも上がってきている。
で、なんというか、あくまで個人的にはなんだがね、MADの創作性をいうのを否定的にとらえている人というのが、いや、これは予想以上に多いんだなと。信じられない。
いや、全員、90年代通過してきたはずだよな?
MADに否定的な人、90年代にサンプリングが音楽に与えたインパクトを意図的に無視していないか?

例えば、Forget Me Notsをまんまサンプリングしたような音楽(有名なところだとWill SmithのMen In Blackか)って、そのクリエイティビティを否定されるべきなのか? いわゆる大ネタ使いはそのクリエイティビティを否定されるべきなのか? それが社会として好ましい姿なのか?

クラブの現場で経験的に知られていたブレイクビーツ群を利用して颯爽とシーンに登場したビースティー・ボーイズはどうか。実験場としてのクラブシーンの存在の重要性を、法に合わないからということで否定すべきなのか? それが社会として好ましい姿なのか?

大好きなRhymesterのライブDVDを見ていると、その本領発揮であるところのいわゆるHIPHOPライブ形式の部分、アルバム収録とはことなったブレイクビーツで披露されるライブの部分は、著作権の関係でカットされることが多い。これは喜ぶべき事柄であるのか? それが社会として好ましい姿なのか?

90年代ってのは、サンプリングやリミックスという概念が音楽という枠を超え、広く紹介された時代じゃなかったのか?
サンプリングミュージックに払われている敬意をMADに払うべきではないという理由が、どうしても思い浮かばないんだ、私には。
逆に、現状MADに充分な敬意が払われていない理由は容易に想像がつく。市場が形成されていないからだ。つまり、金にならない。
サンプリングを利用した音楽全体を俯瞰することなんてとても私には出来はしないけれど、その方法の先陣を切り開いたHIPHOPの場合、それはかなり早い段階から金になった。それはHIPHOPにプラスの影響もマイナスの影響ももたらしたけれども、一つの文化を発展・存続させるといった観点からはプラスの影響が大きかったのではないかと思う。平たく言うと、お金になるものは保護される。*1
若きDJやトラックメイカーたちは、若きクリエイターであり将来の市場の担い手である。彼らがとりあえず作ってみたトラックをとりあえず発表する場にネットを選ぶのは不思議な成り行きでも何でもないだろう。では、その行為が著作権法によって難しくなってしまうのだとしたら、それは社会にプラスの影響をもたらしているのだろうか? 私にはとてもそのようには思えない。
MADは? MADについても同じように考えてはならない理由というのを、私は思いつくことができない。違いがあるとしたら、MADの中から金になるMAD、市場に利益を還元するMADというのがでてこないという点に尽きるように思う。将来的に金にならない物・者には、残念ながら保護しようというインセンティブがなかなか働きにくい。
ではこの先もMADは金にならないままなのか? 市場が形成されないままなのか? いや、それはかなり疑わしいと私は思っている。こんな面白いものを、世間がスルーし続けると? いや、そんなアホな。
大学の研究会が作成してゲリラ的に上映していた時代から、ネットで視聴体験を共有できる時代へと移行したというのに、この先も市場が形成されないままだなんて、楽観的に過ぎると思うのだ。
言い換えるとね、MADを根絶するという行為は、実は、将来生まれるかもしれない市場を丸々つぶしてしまおうということと同義かもしれない。
そして、既存の権利者の側でこのことに気が付いている、もしくは気が付いていることを公にしている人というのは、ほんの一握りしかいない。それならば、ユーザーがもっと声を上げるべきなんだよ。こんな面白い物をつぶすべきじゃない。もっとうまくやっていく方法を探っていこうよ、と。
「当然の結果だわな」とか「ニコニコ終わったな」ですましていい事柄じゃないんだ。本当は。
私たちがMADというものを次の世代に伝えていくべきと考えているのかどうなのか、という問題なんだよ。そこまで踏み込んだ言説がいくつあった?
私は90年代にHIPHOPの洗礼を受けて、その音楽的な成果に人生を豊かにしてもらっている。だから、MADがこの先の社会にいらないなんて言えるわけがない。それは天に唾する行為であり、自分が愛してきたものを否定する行為で、ともすると自分を否定する行為だ。
さて、みんなはどう思うんだ。MADなんて世の中にいらないのか? それとも、MADはあったほうが世の中面白いのか? 

*1:搾取もされる。また、搾取をすることもあり得る