万来堂日記3rd(仮)

万来堂日記2nd( http://d.hatena.ne.jp/banraidou/ )の管理人が、せっかく招待されたのだからとなんとなく移行したブログ。

勝手にSFだけでハヤカワ文庫100冊 その6 我が赴くは古書の群れ(42〜46)

先のエントリで「というか、60年代後半から80年代を迎えるまでの作品群、なぜかいまでは入手しにくいものが多いのである」と書いたけれど、先のエントリで名前だけ挙げた作家たちの他にも、これから挙げる作家たちのことを念頭においてあのように書いたのだけれども。

42・「残像」ジョン・ヴァーリィ
43・「ブルー・シャンペン」ジョン・ヴァーリィ
44・「タフの方舟」ジョージ・R・R・マーティン
45・「リングワールド」ラリイ・ニーヴン
46・「大いなる天上の河」グレゴリイ・ベンフォード

残像 (ハヤカワ文庫 SF ウ 9-4)

残像 (ハヤカワ文庫 SF ウ 9-4)


ブルー・シャンペン (ハヤカワ文庫)

ブルー・シャンペン (ハヤカワ文庫)


タフの方舟1 禍つ星 ハヤカワ文庫SF

タフの方舟1 禍つ星 ハヤカワ文庫SF



リングワールド (ハヤカワ文庫 SF (616))

リングワールド (ハヤカワ文庫 SF (616))


大いなる天上の河〈上〉 (ハヤカワ文庫SF)

大いなる天上の河〈上〉 (ハヤカワ文庫SF)



70年代にLDG(レイバーデイグループ)と呼ばれる一派があって。いや、レイバーデイの週末に行われるワールドコン(世界SF大会)上で発表されるヒューゴー賞の常連組のことを半ば揶揄して、トマス・M・ディッシュが言い出した言葉と聞いた覚えがあるんだけど。斬新なイメージを身にまといつつも、内省的なスタイルを崩さない作品というイメージかな。その筆頭格がヴァーリィとマーティン。
テクノロジーによって異様な姿や異質なライフスタイルを持つようになった人類が太陽系に広がっていく様を描いたヴァーリィの〈八世界〉シリーズは、当時時代の注目を浴びた(らしい)わけで。実は、異質な姿に変貌した人類がその版図を広げていく、という構図はブルース・スターリングの〈工作者/機械主義者〉シリーズ、さらにはアレステア・レナルズの〈レヴェレーション・スペース〉シリーズに受け継がれているのではないか、と。最近、その名前を見る機会も少なくなったヴァーリィだけれど、実はその影響力は今日に花開いているのではないかと。
「残像」は初期の作品を、「ブルー・シャンペン」は円熟味を増した時期の作品をまとめた短編集。


長大なファンタジー〈氷と炎の歌〉でマーティンが日本の読者に再発見されるまで、マーティン単独での訳書は短編集「サンドキングス」とホラー長編の「フィーヴァードリーム」のみ。しかも「サンドキングス」は非常に入手困難、という状況が長く続いていた。SF史の文脈で顔をだしてくる人なのにね。
そんななか、おそらくは〈氷と炎の歌〉特需で訳出されたのが連作短編集である「タフの方舟」。
LDGの印象として斬新なイメージを身にまといつつも、内省的なスタイルを崩さない作品というイメージと書いたけれども、この短編集を読んでみると、いやいや、とんでもない。むしろ社会問題をきっちり反映させていたりするじゃありませんか。読んでいて楽しく、かつ社会問題にも目を向けている、エンターテイメントのお手本みたいな好短編集ですよ。
この短編集が、ファンタジーでマーティンが再発見されるまで日本の読者に見逃されていた、というのが残念というか、不幸というか、なんというか。


ラリイ・ニーヴンは超大物。まあ、SF読みには説明不要なくらいなのだけれど。いや、でもね、いま入手可能な作品を調べてみると、驚くくらい少なくなっちゃってるんですよ。「え? ニーヴンだよね? なんで?」って思うくらいに。
Amazonが新品で在庫持っているのがリングワールドシリーズだけ、といったら、その深刻さ具合が通じるだろうか。
ニーヴンの〈ノウン・スペース〉シリーズは、スペースオペラの楽しさを復活させた代表格(ニュースペースオペラなどとも言われたそうで。この言葉は後のエントリでもちらっと出てくるけれど、混同なきように)。
他にも、ジェリイ・パーネルとの共作で星雲賞をいくつもかっさらったり、「魔法の国が消えていく」といったファンタジーも訳出されたりと、間違いなく超大物の1人であったはずのニーヴンが。あれ? なんでこんなことに?
ていうか、ニーヴンの作品、「中性子星」も「無常の月」も持っていないんだが、手に入れやすい時代に手に入れておかなかったお前が悪いと言われたら、まさにその通りなんだが。


ベンフォードにいたっては、2008年7月付のハヤカワ文庫目録には「タイムスケープ」しか残っていないよ!
ベンフォードは科学者兼業作家。その「タイムスケープ」で、ヒューゴー賞と並ぶビッグタイトルであるネビュラ賞も受賞しているし、「夜の大海の中で」に始まる遠大な未来史は忘れ難いものがあるんだけれど。
高校の先輩にSF読みがいてね。まあ、身近にそういう人がいたからSFを読む習慣が自分に根付いたってところもあるんだけど。その先輩の推すベストSFが「大いなる天上の河」だった。機械知性と、自らを機械化し抵抗を続ける人類との壮絶な攻防を描いて見せたそのシリーズは、ハードSFの書き手であるベンフォードが、彼なりに想像力を広げて展開した末に、彼なりのリリシズムにたどり着いた、という風に見ることもできる重要な作品群ではないかと思う。クラーク翁の詩情とはまた別だけれども。


というわけで、マーティンを幸運な例外として、どうも最近アンダーレイテッドな状態にある大物たちを紹介してみました。これだけではなくて他にも取り上げたほうがよさそうな人たちもいるんだけど。フレデリック・ポールとかロバート・シルヴァーバーグとかアン・マキャフリイとかね。個人的な思い入れ度合の違いということで、ここはひとつ。