万来堂日記3rd(仮)

万来堂日記2nd( http://d.hatena.ne.jp/banraidou/ )の管理人が、せっかく招待されたのだからとなんとなく移行したブログ。

「アリの背中に乗った甲虫を探して」がやたら面白かったのです

いや、この本がめちゃめちゃ面白かったのですよ。だもんで宣伝します。

この本では「生物界における人間の存在が思った以上に小さい」「われわれが生物界の中心ではない」と新たに認識することを、コペルニクス的転回になぞらえてレーウェンフック的転回、と呼んでいます。

アントニ・ファン・レーウェンフック - Wikipedia

しかしですよ、人間が生物界の中心ではない、生物の中における人間の位置を捉えなおす視点のことを「○○的転回」と呼ぼうというのなら、別にダーウィン的転回でもいいはずです。むしろ、ダーウィンの方がネームバリューもあるし、注目を集めやすいような気もしますが。
いやいやいや。
それをわざわざレーウェンフック的転回と呼ぶところに、本書の良さがあるのです。
様々な科学者の姿を追った本書に、進化論で名高いダーウィンは登場しません(あ、でもウォレスはちょっと出てくる)。
ダーウィンは「種の起原」でこのような言葉を残しています。岩波文庫版から引用しますと

生命はそのあまたの力とともに、最初わずかのものあるいはただ一個のものに、吹きこまれたとするこの見かた、そして、この惑星が確固たる重力法則に従って回転するあいだ、かくも単純な発端からきわめて美しくきわめて驚嘆すべき無限の形態が生じ、いまも生じつつあるというこの見かたのなかには、壮大なものがある。

無限の形態が生じるメカニズムに壮大さを感じたダーウィンとは違う方向から壮大さを感じ取ったのが本書に登場する学者たちだと言えると思います。
つまり、生命の形態は、本当に無限に思えるほど多様である、という方向です。


先ほど本書にダーウィンは登場しないと言いましたが、登場する主なスーパースターたちの名前を挙げてみましょう。
カール・フォン・リンネ
ヤン・スワンメルダム
アントニ・ファン・レーウェンフック
テリー・アーウィン
ダン・ジャンセン
カール・レッテンマイヤー
リン・マーギュリス
カール・ウーズ
カール・セーガン
フランク・ドレイク
カール・ワーセン
and more!


あまねく全ての種に名前をつけようとしたリンネから本書は始まり、昆虫などの小さな生物を解剖したスワンメルダム、お手製の顕微鏡で微生物を発見したレーウェンフックと、本書の視点は小さいものへ小さいものへと向けられていきます。
そして舞台となる場所も、スウェーデンの森から始まり、熱帯雨林、そして熱帯雨林の林冠(私たちの頭の上、ですな)、地べた、海中、海底、そして宇宙、そこからさらに地中深くへと進んでいきます(宇宙の後に地中を持ってくるのがなんとも心憎いというか)。
そして科学者たちはそれぞれの場所で、想像することすらできなかった生物の多様性に遭遇していくのです。
リンネは1万種近くの種に名前を付けたそうです。
Wikipedia先生によりますと、現在命名されている生物の数は200万に上るそうです。
熱帯の昆虫を研究し、林冠で驚くほどの生物を確認したテリー・アーウィンは、熱帯雨林3000万種の節足動物が生息していると推測しています。
しかもこれは、読んで字のごとく熱帯雨林しか考慮していない数字です。
海底に住まうチューブワームのことはご存知の方も多いと思いますが、その通り、浅い海から深海、海溝の底にまで生物は生息しています。
さらに地中、ミミズだけではなく、岩盤の奥深くにも生物は生息しているそうでございまして、本書では地下4.5キロから微生物が発見された例が紹介されています。
義務教育の生物の時間に真核生物ってのが私たちで、細菌が原核生物っていって、他にウイルスってのがいてねぇ……と習った覚えがありますが、カール・ウーズは粘り強い研究の末、古細菌という、それまでまったく知られていなかった進化の枝を見つけ出しました。かくして、それまで真核生物と真正細菌という二つに大別されていた「生物」が、真核生物、真正細菌古細菌の3つに分けられるようになりました。つまり、いきなりひとつ増えたんです。増えちゃったんですよ。
さらに著者はどんどん目を凝らしていきます。そして目を凝らせば凝らした分だけ、生物がどんどん発見されていきます。
我々の想像を超えて、生命は広がっているのです。地上のみならず、頭上にも、足下にも、遥か空高くにも、遥か地下深くにも、海中にも、海底にも、極限環境にも、体内にも、もしかしたら細胞の中にさえ(さあ、リン・マーギュリスの出番です)、ひょっとしたら地球の外にも(カール・セーガンとフランク・ドレイクがアップを始めました)。
この世界観には壮大なものがあります。
それを伝えたかったからこそ、著者は「レーウェンフック的転回」という言葉を用いたのだと思います。
今まで生物がいないと思っていたところに、私たちはこれからも生物を発見し続けるに違いありません。
本書は次のような言葉で締められます。引用しましょうか。

レーウェンフックも船を漕ぎだしたが、彼が目にした水平線はどこまで行っても遠ざかるばかりだった。どれほど夢中になって観察しても、未知なる世界は無辺に広がるようであった。

この本が、船に乗るチケットです。あなたもいかがですか?




副読本でこちらなどいかがでしょうか? どれも面白かったですよ。

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