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万来堂日記3rd(仮)

万来堂日記2nd( http://d.hatena.ne.jp/banraidou/ )の管理人が、せっかく招待されたのだからとなんとなく移行したブログ。

「虐殺器官」の次にはどんな本を読んだらいいだろう?

書籍 SF

夏になるとなぜか出版社や書評サイトが活発化するわけでして、色んな人が色んな切り口でオススメ本を推薦してくれます。
この「虐殺器官」は話題作ですし、やたら面白いですので、オススメの本として上げる人も少なくないのではないかと思います。
このエントリは、そんな「虐殺器官」の次に読んでほしいようなオススメ本を挙げるとしたら、どんな本になるだろうな? というものであります。

まずは作者の他の作品

作者の他の作品を挙げるというのがまずは無難、なんですが、ご存知の方も多いでしょう、作者の伊藤計劃氏は惜しまれつつも若くして世を去っています。挙げるとしても、わずか三冊しか挙げることができません。
ハーモニー (ハヤカワ文庫JA)
メタルギア ソリッド ガンズ オブ ザ パトリオット (角川文庫)
伊藤計劃記録
この中で一冊オススメするとしたら、作者が「虐殺器官」の他に遺した唯一のオリジナル長編にして、死の直前に刊行された「ハーモニー」でしょうか。「虐殺器官」が他者の死についての物語であるのなら、「ハーモニー」は自己の死についての物語、と呼ぶことも可能です。「虐殺器官」と連続しつつもまた一歩進んだところにあるテーマ性・問題意識を、作者の置かれた境遇……闘病生活を送りながらの執筆……と重ね合わせて見ても、今ならさほど心苦しく感じなくても済むかもしれません。

日本SFのとんがったところ

伊藤計劃は日本SFの最前線を突っ走っていた作家さんでした。そして最前線に位置していたのは彼一人ではありません。そういった旬のとんがった作品群を読んで今のシーンを概観しようとする、という方向性も面白いでしょう。困ったことに、世界に向けて喧伝したくなるような傑作が複数あるのです。
グラン・ヴァカンス―廃園の天使〈1〉 (ハヤカワ文庫JA)
ラギッド・ガール 廃園の天使 2 (ハヤカワ文庫 JA ト 5-3) (ハヤカワ文庫JA)

飛浩隆の〈廃園の天使〉シリーズ。既刊はこの2冊となります。情報世界で生活する仮想人格たちと、その世界の成立に深くかかわる人物たちが織りなすこの物語は、視覚的な意味でも観念的な意味でも美しく、グロテスクで、エロティックで、静謐で、退廃的で、恐ろしくて、魅力的です。
サイバーパンクはこんなところまで来てしまったのです。


Self-Reference ENGINE (ハヤカワ文庫JA)
虐殺器官」とほぼ同時期に本書が刊行されたというのは、私にとってちょっとした事件でした。同じ叢書(ハヤカワSFシリーズJコレクション)から間をおかず2つの傑作(言うまでもなく、もう一冊は「虐殺器官」のことです)が刊行されたんですから。
本書にまともな神経で追えるような筋書きは存在せず、はっきり言ってわけがわかりません。
わけがわからないのですが、その裏には何かがありそうな気がして仕方がない。読んでいてそんな気分になってくる作品です。
作者が矢継ぎ早に繰り出してくるイメージ・観念・示唆に読者が翻弄され、読者は作品における首尾一貫した何かを求めて右往左往する、という読書体験は、なかなか得難いものです。そして不思議なことに、楽しいものなのですよ。


あなたのための物語 (ハヤカワ文庫JA)
この「あなたのための物語」は「自己の死」というテーマについて愚直なまでまっすぐに挑んで見せた作品です。自己の人格を複製できるようなテクノロジーの開発者が不治の病におかされてしまう物語なのですが、テクノロジーの発達は「自分」にとっての「自己の死」というものの持つ意味を変容させえるのか? という事柄について、逃げ場なしで書こうという試みなのです。その迫力は凄まじいものがあります。
タイトルが示唆するように、その物語が「物語」についての物語としても読めてしまう。何と言いますか、作家というのは業の深い生き物なのですね……


天冥の標〈1〉―メニー・メニー・シープ〈上〉 (ハヤカワ文庫JA)
天冥の標〈1〉―メニー・メニー・シープ〈下〉 (ハヤカワ文庫JA)
天冥の標 2 救世群 (ハヤカワ文庫JA)
天冥の標 3 アウレーリア一統 (ハヤカワ文庫 JA)
全10巻予定で、つい先日3巻が刊行されたばかりの〈天冥の標〉シリーズ。一言で言うならばタガの外れたスケールの未来史なんですが、そのタガの外れ方が、今のところことごとく読者の上を行っているという稀有なシリーズです。
今のところ、もっともジェットコースターなSF、とでも申しましょうか。
第1巻の舞台がいつとも知れぬ遠未来の植民惑星、第2巻の主人公は2010年代の地球で未知の感染症と闘う医師たち、第3巻は2310年、宇宙の海を駆け巡ります。
それぞれの巻は単独でも非常に面白いのです。リーダビリティが高く、その癖着地点は全く読めず、予定調和を拒否します。
そして、各巻ごとのつながりについては謎が深まる一方です。一体この先、どうなってしまうのか。そしてこの先、どこまで広がってしまうのか。
並みの作家だったらシリーズの完結自体を危ぶむレベルのすごさなんですが、小川一水のことですから、きっとこの風呂敷を畳んでしまうに違いありません。そしてその畳み方も、きっと私たちが想像できないものに違いない。そんなワクワク感があるシリーズです。例えば、風呂敷の繊維バラして国家を樹立するとか、そのくらいは平気でやってしまいそうです。

同じテーマの過去のSF

同じテーマの過去のSFをオススメする、というのもあるでしょう。
とはいえ、「虐殺器官」は様々な要素を盛り込んだ作品ですので、何テーマのSF小説か? と問われるとなかなか難しいところがあります。
例えば戦争テーマだとした場合、戦争を扱ったSFというと、例えば「終わりなき戦い」とかでしょうか。
終りなき戦い (ハヤカワ文庫 SF (634))
作者自身のベトナム従軍経験を元に書かれた本書は、戦場の悲惨さを書くという点では、「虐殺器官」のご先祖様かもしれません。
また、戦場的なリアリティではなく国際的なリアリティも「虐殺器官」には盛り込まれていますが、そういった意味の国際関係を扱ったものとしては「ネットの中の島々」が思い浮かびます。
ネットの中の島々〈上〉 (ハヤカワ文庫SF)
ネットの中の島々〈下〉 (ハヤカワ文庫SF)
文章的な意味でも入手しやすさの意味でも読みやすいとは言えない作品ですが、サイバーパンクを代表する作家のひとりであり、長編としては「スキズマトリックス」の知名度が突出しているスターリングの隠れた傑作といっていいと思います。
また、「虐殺器官」が発表された頃には、この本を言語学SFとカテゴライズする文章を何回か見ました。言語学を扱ったSFというと、イアン・ワトスンの「エンベディング」であったり、テッド・チャンの傑作短編「あなたの人生の物語」であったりが存在します。
エンベディング (未来の文学)
あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)
また、言語学を小道具として盛り込んだ作品では山田正紀の「神狩り」や川又千秋の「幻詩狩り」が有名ですが、個人的には「虐殺器官」を言語学テーマのSFとして扱うのは少し違和感がありまして。むしろ進化心理学テーマのSFとして扱うべきではないかと感じています。そして、進化テーマのSFはあるけれど進化心理学テーマのSFはまだほとんどないのが現状であり、他ならぬ進化心理学SFの金字塔が「虐殺器官」であると思っています。

進化心理学

で、進化心理学ってなんじゃらほいってな話なのですが、専門家でもなんでもない私がざっくりと言うならば、人間の行動(心理学は人間の行動も守備範囲です。時には動物の行動も)がどのような適応的な意味を持つのか。ある行動が生き残るのにどのように役立ってきたのか、を問うていく学問です。
浅学なもので、このジャンルでいわば「決定版! まずはこれを読め!」的な本には巡り合えていないのですが*1。いくつかこのジャンルで挙げるとしますと
利己的な遺伝子 <増補新装版>
有名な「利己的な遺伝子」は必ずしも進化心理学の本というわけでもありませんが、動物の行動が適応的な意味を持っているという視点をわかりやすく示した名著です。昨今は少なくなっているでしょうがもし未だに「『利己的な遺伝子』? 遺伝子が意志なんて持ってるわけねーじゃんww」という方がいらっしゃいましたら是非。これはそういう本ではないのです。まあ、こんなキャッチコピー使っちゃったドーキンスが悪いっちゃあ悪いんですが。
歌うネアンデルタール―音楽と言語から見るヒトの進化
「歌うネアンデルタール」は言語はそもそもどのようにして進化してきたのかについて「もしかして、意味を伝えるのより先に歌が先にあったんじゃね?」と大胆な仮説を唱えて見せる、ワクワクする本です。
進化心理学入門 (心理学エレメンタルズ)
ちょっと敷居は高くなりますが、全般的な入門書としてはこちら。

そして他ジャンルの同テーマの小説を挙げることができれば良かったのに

そうそう、私が他のジャンルの小説にも明るかったらよかったのにねぇ。
ミステリファンのあなたや、冒険小説ファンのあなた。是非とも「虐殺器官」の次に読むべき本を教えてください。

*1:私がピンカーとか長谷川夫妻の本を読むのサボっているってのもあるんですが……