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万来堂日記3rd(仮)

万来堂日記2nd( http://d.hatena.ne.jp/banraidou/ )の管理人が、せっかく招待されたのだからとなんとなく移行したブログ。

きん枝さんの「一文笛」に拍手しすぎて手が痛くなった

落語

なんか最近落語のことばっかり書いていますが、また落語の話です。
本日、繁昌亭の夜席で「ささえよう日本」という震災のチャリティー落語会がありまして、そこで桂きん枝さんの「一文笛」を初めて聞くことができました。
一文笛は大好きな噺でして、初めて聞いたのはざこばさんのもの(生で聞くことができました。涙出てきましたですよ)。印象に残っているのは桂団朝さんと、独特の雰囲気の桂福団治さんとか。
今日のきん枝さんの「一文笛」、オリジナルの米朝師匠や、それを受け継いで十八番としているざこばさんのものと比べると、結構な改変がなされていまして、まんまと狙い通りに涙ぐんでしまい、終わった時には拍手しすぎて手が痛くなった次第です。
一文笛が元々どのような噺であるのかはこちらをご覧いただくといたしまして。
全体的に主要な登場人物であるスリの「秀」と、今は堅気になっている「兄貴」の人物造形に厚みを持たせよう、という工夫がなされているように思います。例えば秀に「疾風の秀」という二つ名を持たせたり。ざこばさんなどは軽く笑いをとるようにされている「泥水」のくだりにむしろ苦々しさを漂わせたり。兄貴が秀に堅気になれと説得する際にもこれから先、所帯を持って子どもを持って、子どもにも同じことをさせるのか? と言わせて、それに対して秀が返事に窮したり*1。一文笛を盗んだくだりで「それからどないなったと思う?」という兄貴の問いに、ただ「知らん」「わからん」ではなく「ピューっと笛吹いたんと違うかいな?」と善行を施したかのように思っていることを明確にしたり。
オーソドックスな形では、秀が半ば善行のつもりで軽い気持ちで犯したスリのために、子どもが大変なことになったことが判明し、兄貴が秀に詰め寄るシーンが最大の泣かせるところとなっています。ざこばさんなどはここに、オリジナルの米朝師匠版にはない印象的な一言を導入し*2、団朝さんは兄貴のセリフでたっぷりと間をとり、やりきれない思いを滲ませます。
ところが。
きん枝さんはここで泣かせません。
それどころか「兄貴」に、たかが一文で大騒ぎした駄菓子屋の婆も、たかが一文で追いつめてしまった親も、子どもにずっとついていなかった自分たち長屋の集も悪いかもしれない。しかし「秀」、お前はどうなんだ? と、さらに噺を重くし、それを涙で発散させることを許さず、あっさりと言っていいくらい後半に行ってしまいます。


そして後半。
オリジナルでは医者が子どもの入院費として要求するのは二十円。
きん枝さん版では四十円。
その差額、二十円はだれが負担するのか?
なんと、秀が出すのです。
そうなのです。子どもの入院のためには大金が必要だと聞いた秀は、迷うことなく真っ先に自らの有り金、二十円を差し出し、なんとかこれを頭金にして入院させてもらえないか医者に掛け合ってくると、兄貴の長屋を飛び出していくんですね。
秀が医者の下へ出向くために長屋を後にするシーンですが、秀が何のために医者の所に行くのかその心づもりは不明確にされることが多いと思います。それが最後の種明かしで、重さを引きずっていた観客の心を軽くする笑いにつながっていくんですが。
それを「医者に掛け合いにいくため」と明確にしてしまい、そして秀が大金を手に帰ってくる。そしてこれは医者からすり取ってきたものだと告げる……ここで「(兄貴に向かって)そんな嫌な顔しないなー」とおどけて見せて笑いをおこしたりするんですが、セリフこそは同じでも、きん枝さんはここでも笑いを許しません。
そして、医者と話をしには出かけたが、話が通じるような相手ではないと見抜いた秀が、万策尽きて*3苦渋の決断の末に正真正銘最後の「仕事」。どうかこの金だけは! と両手をついて兄貴に懇願するのです。
ここで中盤から緊張し続きだった涙腺が、ようやく決壊することを許されます。


足を洗ったスリが、今度こそは人助けのために、正真正銘最後の一仕事。
考えてみれば、これほど燃えるシチュエーションもありません。
従来の形では、このシチュエーションにあまりライトを当てることはしないやり方であったと思います。
きん枝さんはここに最大の山場を持ってきました。
このシチュエーションを最大に活かすことが目的であったのか、それとも中盤に最大の盛り上がりが来て、後半はそれを解きほぐしていくという山場の付け方を変えようとしたのか、はたまた別の目的があったのかわかりませんが、まんまと術中にはまってしまったことだけは確かでありまして。
大好きな「一文笛」の新たな可能性を見ることができたような気がしまして、大満足で帰宅してまいりました。
梅雨の最中、雨降りの平日の夜。お客さんの数は決して多くなかったですが、本当に行ってよかったです。

*1:今も子育てに奮闘してらっしゃるきん枝さんならではの視点かもしれませんね

*2:「これでこの子死んだら、何のために世の中に生まれて来てん!」でもう号泣ですよ

*3:既に自分の有り金を差し出しています。