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万来堂日記3rd(仮)

万来堂日記2nd( http://d.hatena.ne.jp/banraidou/ )の管理人が、せっかく招待されたのだからとなんとなく移行したブログ。

須藤真澄「金魚草の池」/それは決して鎮魂などではなく

コミック 泣ける ファンタジー

須藤真澄「金魚草の池」を少し前に読んだ。つーかね、過去作の再録短編集だと思い込んでて、ノーチェックだったのよ。
須藤真澄つったら、コミカルで美しいファンタジーの書き手であり、仏教の影響色濃い死生観が作品に反映され、でも基本的にポジティブ。物事をズバリと読者に提示するのではなく、さりげなく提示し、そのさりげなさが心へのじんわり具合につながっている、というそんな印象で。もちろん好みはあれどどの作品も非常に高レベルでまとまっており、言っちまえばどの作品読んでも安心のますび印なわけである。
しかしですね、この短編集に収録された「球形の眠り」と「東の島より西の海へ」は少し異色である。上に挙げたような、いわば須藤真澄マナーからは少しも外れたところはないのだけれど、非常に印象が鮮烈なのである。ぶっちゃけ、やたらと泣けるのだ。
この二編はあの震災を題材とした作品である。
1年弱の間隔で書かれたこの二編をまずは読んでいただきたい。


読んだね?


そしたらあとがきに進んでいただきたい。あとがきには、収録された短篇の「その後」がスナップショット的なイラストとして描かれている。
そのスナップショットをじっくりとみていただきたい。


見たね?


で、そこで気が付くわけだよ。作中では明言されていないけれど、この二編は明らかに直接的につながっている。比喩ではなく、登場人物のつながりがある。



ということはだな、あの女の子はだな……



てことはだな、あの若奥さんの持ってるあれはだな……



ここで第一次涙腺崩壊ですよ。



ところがだね、これで終わりじゃないのですよ。表紙には二人の人物が描かれているね。
で、裏表紙ではその二人が仲良く向き合っているね。
で、でだね、この二人がもしかして作中に登場してるんじゃないかとか思っちゃってだね、髪型とか確認してみたりしてだね。というとこの二人はだね




うおおおおおお(号泣)




という感じで、読んだ人しか良くわからんと思うが、もう胸を締め付けること限りなし、なのである。マジな話、これを読んで二日ほどは仕事中に不意に思い出し泣きしそうになって、えらく困った。



しかし、ですよ。もっと真綿で首を絞めるようなさりげないジワジワ感、出そうと思えば出せたと思うのよ。
なぜ、そうしなかったか。
思うに、私がこの二編において想定された読者ではなかったからではないか、と。
では、想定された読者とはだれか?
簡単だ。「球形の眠り」で登場した少女、そのものである。つまり、震災で生き残った人々。
この二編の対象は、震災で生き残った人々である。決して、死者に向けた鎮魂ではない。
これはベテランの実力派が、自らの持てる力を総動員して世に放った、生者への祈りだ。
祈ろう。