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万来堂日記3rd(仮)

万来堂日記2nd( http://d.hatena.ne.jp/banraidou/ )の管理人が、せっかく招待されたのだからとなんとなく移行したブログ。

3月8日に動楽亭昼席で雀松さんの「らくだ」を聞いた記録/笑う屑屋

動楽亭昼席

団治郎…桃太郎
吉の丞…米上げ笊
まん我…寄合酒
米左…親子茶屋
中入
あさ吉…うなぎや
雀松…らくだ


暖かかったので冬の間ずっと来ていた上着ではなくフリースを羽織って動楽亭へ。
団治郎さん、以前に桃太郎を聞いた時もそうだったのだが、まだ若い(いま確認したら1988年生まれ)団治郎さんが「私たちの若いころと比べて、最近の子供はまったく……」といったニュアンスのマクラを振って「桃太郎」に入るのは、どうしても違和感が拭えない。本編に入ると安定して聞かせてくれるだけに気になってしまう。
吉の丞さん、まくらであおばさん(今日も舞台番を勤められていた)の天然エピソードを展開。面白かった。いつも通り、元気な声。
まん我さん、マクラをほとんど振らずにさっと「寄合酒」へ。出汁を取り損ねるところまで。個々の登場人物のキャラ付とか細かい感じで、はっきりくっきりとしたというか。引き込まれた。さすがの高座。
米左さん、吉の丞さんのマクラを受けて、あおばさんもからかって楽しんでいる話を。「三重の県庁所在地は?」「うー……お兄さん! 何かヒントをください!」「ヒントなぁ……ヒントは『つ』や」「『つ』ですかーー……」と考え込む話。演目は親子茶屋。華やかでいいなぁ。
中入後はあさ吉さん。これまた、マクラが非常に楽しい。英語落語をしているという話題から、カナダ人落語家の三輝さんに稽古をつけに行った話題へ。覚えてきたというからちょっとやってみてくれと言ったところ、やはり訛りの問題は難しく「コンニチワー! コンニチワー!」「Oh! ダレカトオモタラオマハンカイナ! マア、コッチオアガリ!」ってどこから直したらいいんですか! と、場内爆笑。
これからうなぎやという噺をしようと思うのだけれど、今は亡き喜丸さんに稽古をつけてもらったとのことで、その時のエピソードなども。うなぎや本編も、シャイで生真面目な店主が面白い。


とまあ、ほんわかムードで進んでいたんだけれど、トリで登場の雀松さん。
まさかの「らくだ」ですよ。まさかこんな重量級のネタをかけてくれるとは思わなかった。去年の独演会で聞いて以来。というかつまり、去年の独演会でネタおろし、一番の目玉に持ってきてらっしゃったネタですよ。あの時、感動して、このブログにエントリも上げたんだよな。うん。ちなみにその時のエントリはこちら
この時はこんな重たい噺をあくまで軽妙に、しかもフルバージョンで聞かせてくれて、そのことにすごいってな感想を持ったんだけれど、今日聞いた印象はまた違った。
軽妙に聞かせてくれるんだけど、凄み、迫力をを感じたのですよ。
上方落語で現役の「らくだ」の演じ手というと、やはり松喬さんの名前が挙がってくると思うのだけれど、らくだの兄貴分の「やたけたの熊」、この人が怖い。家主と対決するシーンの凄み。「悪」の強かさ、強さ、非情さ。そういったものにぞくっとくるのね。
対して雀松さんの今日の「らくだ」これも凄みがあって、私にとってはちょっと怖かった。それはどういう怖さだったか。
怖かったのは善良な「屑屋」。
ご存知の通り、屑屋が酒を無理矢理飲まされて、酒の勢いでそれまでの関係をひっくり返して上位に立って主導権を握ってしまう。そこが聞かせどころ聞きどころ。客席爆笑だし私も笑った。とても楽しかったんだけどさ。
思えば最初から伏線は張ってあったんだよ。嫌われ者のらくだが死んだと聞かされて、思わず屑屋の顔に笑みが浮かびかけるも慌ててそれを隠すところ。
酒に酔った後には、素面の屑屋にかかっていたそのストッパーが外れてしまうの。
酔っているので手元が定まらず、頭を剃る時に傷をつけてしまったり。
桶に乱暴に遺体を突っ込んで「ボキッて言うた~(笑)」って笑って手なんか叩いてるのよ?
屑屋は笑ってる。客席も笑ってる。私も笑ってる。
とても面白い。そして、その面白いという事が、とても怖い。


だって、そうでしょ?
屑屋は社会的弱者たる善良な市民、つまり戯画化された我々でさ。それが強者に復讐を果たす姿、これがなんとも楽しいというのは。
「嫌な奴がひどい目に合うのは、楽しい」というとんでもなく身も蓋もない事実を突きつけられているというか。
見て笑っている私たちも、間違いなくそう感じているからこそ、一種のカタルシスがあり、笑いがあるわけで。


つまり、高座で、らくだの遺体の骨が折れる音がしたと無邪気に手を叩いて喜んでいるあの屑屋は
間違いなく、我々なんだよ。


そしてそれを見て、共感して笑って喜んでいる。
一歩引いた時に見えてくる、それはもう心の底からの恐ろしさで。
もう善も悪もなく、ただむき出しの人間だけがそこにあるというか。
昨年見た時もすごいもの見たと思ったけれど、いや、本当にすごい物を見たなぁ……