「華竜の宮」少し前に読了しました。
かなりおもしろいです。夢中になりました。傑作といっていいんじゃなかろうかと思います。
ここ数年、日本のSFは元気だと思うのですけれど、話題になった作品は(「天冥の標」を大いなる例外としますと*1)とんがった作品が多かったような感があるのですが、「華竜の宮」はとんがったところのない、なんといいますか、堅実な、コンベンショナルなSF作品です。
手法の面でも、テーマの面でも、「ええっ!? これは新しい!」といった驚きは存在しません。
その意味で、大変に敷居の低い作品です。さあさあ、安心して読んじゃってください。
そして、日本SFの伝統を追体験していただきたいです。
本作は、伝統の一側面を凝縮させた、大変な力作なのですから。
海底隆起によって海洋の面積が大幅に拡大した25世紀、人類は文明を維持した陸上民と、バイオテクノロジーの発達の結果海での生活に適応し、ボーダレスに海上で生活する海上民に分かれていました。
ここに「日本沈没」の影響を見るのは、もう無理もないといいますか。むしろ見ないほうが難しいですよね。沈没進行中の困難よりも、沈没後の社会、人類の行く末を描くという意味で、日本沈没第二部の正当な嫡子と言いましょうか。
舞台設定に感じさせるサイエンスの香りや、人類社会の描写における経済性の重視など、ロジカルな面でますます好感です。悪い意味での「ファンタジー」と化していない。
新たな環境に、自らを改変させて生き残る人類、という面では、ヴァーリィの〈八世界〉やスターリングの〈工作者/機械主義者〉といったシリーズの影響を見ることもできますが、この手のSFでは国内に、無視することのできない超大物がいます。もちろん「風の谷のナウシカ」。
コミック版のナウシカは、アニメ版で顕著だった文明vs自然といった単純な世界観からもう一歩進んで、生命観にまで迫って見せた傑作でした。本書も然り。
見果てぬ先までひたすら海、といいますと椎名誠「水域」も連想されて然るべきなんですが、恐ろしいことに、作者の本領はここで発揮されます。
椎名誠のSFというと、読み手を幻惑させるような幻想性を最大の特徴とすると思っているのですが、上田早夕里は(本書の前日譚が表題作となっている短編集「魚舟・獣舟」でも強く感じさせられましたが)決して目新しいとは言えないアイデアを幻想的な場面にしてみせるのが抜群にうまいのです。先に悪い意味での「ファンタジー」と化していない、と書きましたが、いい意味で極上のファンタジーでもあるという、これはもう離れ業ですよ。
これらの伝統が凝縮された結果、かもし出されてくるのは、日本SF屈指のスケール感です。
海洋が大幅に広がった未来を、ロジカルに構築し
その未来を、陶然とするくらいに幻想的・魅力的に描写してみせ
さらに激変する地球に翻弄される人類を描き
この世界における「人間」の立ち位置やその行く末に思いを馳せ
ついには「生命の価値」といったところにまで踏み込んで見せる。
前衛的ではありませんが、この作品は総決算であり最先端です。
*1:とはいえ、文庫描き下ろし全10巻予定という企画性であったり、シリーズの巻毎に趣が全く異なる、先の読めない展開であったりといった面では、十二分にとんがっているとも言えるのですが