万来堂日記3rd(仮)

万来堂日記2nd( http://d.hatena.ne.jp/banraidou/ )の管理人が、せっかく招待されたのだからとなんとなく移行したブログ。

昨日に続いて「ユナイテッド93」

昨日・今日と7連勤の後の2連休だったのだけれど、昨日に続いて今日も映画館へ「ユナイテッド93」を観に行ってきた。
いくつか印象に残るシーンや気になった点があったので書いておこうと思う。


・冒頭でのコーランの詠唱
冒頭のシーン(犯行前夜)でテロリスト達の一人が、静かにコーランを詠唱している。実に物静かで理知的な印象。
テロリストへの印象を柔らかなものにする演出がいきなりなされているとも見れる。


・I Love You
このままでは死が待つのみであることを知ったユナイテッド93の乗客たちが、機内電話から家族や友人へ電話をかけるシーンがある。この映画で最も胸が詰まるシーンの一つである。乗客達はそれぞれの愛する人へ、最後の言葉を伝える。
このシーンと対比させるかのように、搭乗前の乗客たちを撮ったシーンでテロリスト達の一人が携帯に「愛してるよ」と吹き込んでいるのである。
死を前にして、乗客たちとテロリストが全く同じ行動をとっているわけだ。


・あれはユダヤ教かな?
搭乗が終わり離陸までの間、乗客たちがくつろいでいるシーン。ひとりの乗客が開いている新聞が映し出される。
そこに載っている写真はなにかというと、おそらくあれはユダヤ教のラビではないかな? 多分そうだと思うのだけれど。
もしそうだとしたら、この事件ではキリスト教イスラム教・ユダヤ教という3つの一神教の信者が命を落としているということになる。「キリスト教vsイスラム教」というわかりやすい図式への牽制とも捉えることが出来るだろう。


・地上から見上げる飛行機
きのうクリップさせていただいたaraig:netさんではこの映画に対してこんな指摘を行っている。引用しよう。

この映画では徹頭徹尾、「大地」を喪っている。このことはユナイテッド93便に映画のほとんどの時間、機内に幽閉され続ける人々にとっては当然のことではある。だが、この種の映画によく見られるような、次第に遠ざかる地面を写す窓からのショットは存在しない。

そのかわり、離陸したユナイテッド93を地上から見上げるカットが存在する。あの飛行機にはもう私達の手が届かないことを、事前に私達は知っている。
「次第に遠ざかる地面を写す窓からのショット」(または同じく良くあるショットとして、飛行機の着陸輪付近からのショット)が、「乗客」が「大地」から離れることを示しているのだとすれば、今作品での地上から見上げるカットとうのは「大地」の側の人々が「乗客」から離れることを示しているのではないだろうか。
更にもう少しだけ引用すると

これは管制塔や軍司令部といった地上の人々に対しても言うことができる。実際、彼等は「地上」に居るのだろうか。

では大地の側にいる人々とは誰か。それは他ならぬ我々観客である。
ユナイテッド93が離陸した瞬間、その機体とその中の世界は我々の手の届かないものとなってしまったのだ。
離陸をもって、機内は私達が了解不能異世界になってしまったと言う事も出来ると思う。そしてそれは、その通りである可能性がある。
離陸した後の機内で何が起こったのかは諸説紛々であり、推測に頼る部分が非常に多い、ということを暗に示しているシーンなのかもしれない。


・みんなが同時に祈っている
いよいよ乗客たちがテロリスト達に立ち向かおうとする、その直前のシーン。実に多くの人たちが神に祈っている。
乗客たちもテロリストも、それぞれの神に祈りを捧げている。

最初はテロリスト達が乗客達を殺そうとしている、という図式であった。
しかしこのシーンにおいては、乗客達がテロリスト達を殺そうとしている。
もちろん、テロリスト達も相変わらず乗客達を殺そうとしている。お互いにお互いを殺そうとしている。言い換えるとお互いが対等な立場になったというシーンで、またもテロリスト達と乗客達が同じ行動をしているのだ。


こうして見てみると、監督はテロリストと乗客が対等な立場にあるという、この状況を描きたかったのではないかと思えてくる。もちろん乗客たちは被害者であり、テロリスト達は加害者であるというのは動かしがたい事実であるけれど。
この状況を描くというのが、事実(と推測されるもの。または監督の解釈)をただただ記録しようという目的の末に達成されたことなのか、それとも政治的な思惑やメッセージ性が過剰に入り込んでしまうことを避けるという目的の末に達成されたものなのかはわからない。


イスラム教vsキリスト教という図式を避け、テロリストと乗客を出来るだけ対等に演出していくことで正義vs悪という対立図式をも避けると、残るのは命を懸けたやり取りということなのかもしれないし、または逆に、この事件を命を懸けたやり取りとして描くために、なんらかの対立的なわかりやすい図式を避けたのかもしれない。



あとひとつだけ。これはただ私が不注意なだけかもしれないのだけれど

・誰か“Let's Roll!”って言ってました?

この“Let's Roll!”(「さあ、行くぞ!」)というのは、ユナイテッド93の乗客のトッド・ビーマー氏が、行動を起こす直前に電話で知人に残したと報じられている、この事件で一番有名な言葉だ(大統領も演説で使ったんだとさ)。
私が気がつかなかっただけという可能性もとても大きいけれど、この有名な言葉が劇中では使われていなかったような……
もし本当に使われていなかったとしたら、政治的なメッセージを排除するという監督の姿勢の現われと見るべきだろうか。