万来堂日記3rd(仮)

万来堂日記2nd( http://d.hatena.ne.jp/banraidou/ )の管理人が、せっかく招待されたのだからとなんとなく移行したブログ。

勝手にSFだけでハヤカワ文庫100冊 その7 ツンデレファンタジア(47〜51)

80年代初頭に、グレゴリイ・ベンフォードあたりが筆頭になってファンタジー汚染論なるものが唱えられたことがある。簡単にまとめると
「なんか最近、舞台を『遠い未来の他の惑星』に置き換えただけのサイエンスファンタジーばっかし幅きかせやがって。俺らはもっとサイエンスサイエンスしたゴリゴリのSFが読みてえんだよ! ファンタジーのせいだファンタジーのせいだファンタジーのせいだ!」
といったもの。
しかし、考えてみれば幻想文学はSFよりも遥かに古い歴史を誇り、むしろSFがその分派といってもいいようなところがあるし、ル・グィンを筆頭にSFとファンタジー両方で傑作を物している作家だって多い(他にはファファード&グレイマウザーで知られるフリッツ・ライバーとか、「闇よ落ちるなかれ」やハロルド・シェイシリーズのL・スプレイグ・ディ・キャンプとか、「タウゼロ」や「折れた魔剣」のポール・アンダースンとかね)。
それにだ、こんなこと言っている割にSF読みが注目するファンタジーなんてのもあったりして、まったく、SFたんったら素直じゃないなんだから。もういい年のくせに。

47・〈紅衣の公子コルムマイクル・ムアコック
48・〈新しい太陽の書ジーン・ウルフ
49・「幻影の航海」ティム・パワーズ
50・「ホムンクルス」ジェイムズ・P・ブレイロック
51・「エルガーノの歌」井辻朱美



編集者として60年代のニューウェーブに多大なる貢献を果たしたムアコックだけれど、小説家としてはエルリック・サーガ紅衣の公子コルムエレコーゼ・サーガルーンの杖秘録といったシリーズ、さらにそれらのシリーズによって構成されるよりおおきなエターナル・チャンピオン・シリーズであまりにも有名。現在、積極的な再評価が進められている作品群でもある。
線の太いマッチョなヒーロー像とは一線を画した、どこか現代人的な脆さを抱える主人公像が真骨頂。エルリック・サーガが一番有名だけれど、個人的に一番好きなのは長編としての体裁が整ったコルムだ。
強いけど線が細く、どこか頼りなく、苦悩を抱え、悲運に見舞われる。おお、ある意味最強。



で、ね。
実はそのムアコックの作品群よりも好きなのが、その訳者として有名な井辻朱美の小説だったりする。
いや、日本人作家はあとでまとめて取り上げるつもりなんだけれど、井辻朱美だけは敢えてここで一緒に。
数多くのファンタジーを翻訳し、ファンタジーを知り尽くした人物が実際にファンタジーを書くと、こんなにも自由奔放で人を魅了する傑作が出来てしまうという。いや、これは奇跡みたいな話かもしれないが。
どれくらいすごいかというと、そうだな、例えば、SFだと何年かに一度、オールタイムベストを決める投票がどこかしらであったりするじゃない。あれをファンタジーでやったとする。
で、国内作品部門でなんと井辻朱美が1位を取った。え? 誰それ? ああ、ムアコック翻訳した人? 小説も書いてるんだ、知らなかった。でも、他にも、ベタけどさグインサーガとかひかわ玲子とかロードス島とか、堅くいくなら泉鏡花とか小泉八雲とか山尾悠子とかいるわけじゃない。なんでこの人? 面白いの?
で、試しに読んでみる。納得するに違いない。ああ、これは確かに1位を取ってもなんの不思議もない。なんとも美しく、なんとも不可思議で、なんとも……
そして嘆くことになる。え? 作品これだけしかないんだ! もっと読みたいのに!
かくいう私も、なかなか「幽霊屋敷のコトン」を手にいれることができないでいたりする。うーむ。


で、ジーン・ウルフ。うん。大学生の時に運よく古本で手に入れることが出来て、その時に読んだ。
……内容ろくに覚えてない! わはは!!
で、今私の目の前には、表紙も新たに復活した〈新しい太陽の書〉四部作と、その続編「新しい太陽のウールス」が積んであるわけだけれど。
いや、すごい評価高いじゃないですか、このシリーズ。もう褒めない人はいないってくらい。ジーン・ウルフは最高の英文学者だと言い切る人までいるくらい。
再挑戦の機会が巡ってきたわけですよね、ええ。
……いやあ、正直自信ないなぁ。ウルフとかディレイニーって、ある意味鬼門なんですよ。あと、私にとっては円城塔もそう。読者に再読を要求する類の本っていうんですか? 表面上はけっこうさっくりとなぞれてしまうだけに質が悪い。


で、ティム・パワーズとジェイムズ・P・ブレイロック、さらにここに後で再登場するK・W・ジーターを加えて、この三人組が仕掛けた騒動がスチームパンク
この三人組、売れないころから仲が良かったそうで。その頃にあーでもないこーでもないと話していた内容を実作に生かしていったわけですな。ビクトリア朝の時代を舞台にした、どこかタガの外れた怪しげな作品群。マッド・ヴィクトリアン・ファンタジーとも呼ばれたりする。
ジーターの「悪魔の機械」、パワーズの「アヌビスの門」も有名だけれど、パワーズ作品では「幻影の航海」をオススメしてみたい。カリブ海を舞台にした、熱帯の空気に息が詰まるような海賊物。怪しげな呪術。密林。冒険。戦い。いや、完璧じゃないっすか? むさぼるように読んだ覚えが。
それにくらべると、ブレイロックは多少趣を異にする。怪しげな呪術や疑似科学を目いっぱい盛り込んだパワーズジーターのそれと比べて、アメリカ南部のトールテール(ホラ話)の伝統を受け継いでいるようなところが感じられる(SF関係では他にラファティテリー・ビッスンなんかもそう言われることが多いですな)。面白いことに、そう言われる作家の作品って、何を題材にしてもその人の個性が爆発した内容になってしまうというか(笑)。ハヤカワ文庫縛りなので「ホムンクルス」を挙げたけれど、実は一番印象に残っているのは、創元推理文庫の「夢の国」だったりする(新装版刊行時に「真夏の夜の魔法」と改題)。