万来堂日記3rd(仮)

万来堂日記2nd( http://d.hatena.ne.jp/banraidou/ )の管理人が、せっかく招待されたのだからとなんとなく移行したブログ。

「グローバリズム出づる処の殺人者より」は、やたら面白いピカレスクだ。

ブッカー賞受賞という帯に惹かれて読んでみたら、やたら面白いピカレスクだった。ミステリはたまに読む程度なんだけれど、この本は多くのミステリファンに読まれるべきものであるような気がする。
舞台は現代のインド。大都市バンガロールベンチャービジネスを営む一人の男が、中国首相に宛てた手紙の中で自らの幼少期を語り始める。永遠に続く貧困が約束された辺境の村で、インドで貧しいとはどういう暮らしをすることであるかを描写し、なぜそんなことになるのかを、彼なりに語り始める。


ゲットーという言葉をみなさんご存知のことと思う。歴史的にはナチスドイツ統治下で、ユダヤ人居留区を指す言葉として知られているであろうこの言葉は、現代ではブラックカルチャーからのイメージで用いられることが多いのではなかろうか。貧困、犯罪、差別。低所得者向けのアパート群はプロジェクトなどと呼ばれる。
“No wonder,We livin' in cold project!”はDe La Soulの名曲“Stakes is high”の中の一節。「冷たいプロジェクトに住んでる俺たちには、何の希望もない」
社会風刺だったら私たちは今までだってたくさん見聞きしてきたはずだ。「ダーウィンの悪夢」ではナイルバーチの残りかすを無理やり食べている人々が描かれた。映画「クロッカーズ」は日常的な殺人シーンで幕を明け、日常的な殺人シーンで幕を閉じる。「ドゥ・ザ・ライト・シング」は暴動を色鮮やかに描いて見せた。グッディ・モブのCee Loは“Thought Process”の中でPeople kill each other in the streetと嘆いてみせたが、今じゃただの決まり文句になってしまった。ブラックラグーンの魅力的な双子はどこから来た?


そういや、大阪では餓死者がでたんだっけ?


しかし、希望のない中から這い上がろうとした一人の男の軌跡は、途中から社会風刺を逸脱し始める。そう、その逸脱具合が本書を面白い小説にしている。
それはゲットーボーイズ(ひいてはそのフロントマンであるスカーフェイス)の“Mind playin' tricks on me”が、ギャングスタラップでありつつも、殺人へと向かう心理を描写したものとして評価されているのと似ている。また(これはおそらく、私がミステリではなくSFを多く読んできたからだが)徐々に読者が主人公の主観的な世界へ引きずり込まれていく感覚は、J・G・バラードを想起させる。いや、さすがにバラード並みだというつもりはないけどね(笑)。
貧しい村に生まれた聡明な男の子が、貧困から這い上がろうとしていく中で、殺人が正義に変換されていく。これはその様を楽しむ小説であると思うし、それを最大限に楽しめるのはミステリファンではなかろうか。


しっかし、正直、タイトルで損してるよねぇ、この本。原題は“The White Tiger”。