万来堂日記3rd(仮)

万来堂日記2nd( http://d.hatena.ne.jp/banraidou/ )の管理人が、せっかく招待されたのだからとなんとなく移行したブログ。

ネットとニューラルハイパーリアリズム/スピード感とピックアップ/どこでも衝動買い/俺のアンニュイな昼下がりを返せ

サブリミナル・インパクト―情動と潜在認知の現代 (ちくま新書)

サブリミナル・インパクト―情動と潜在認知の現代 (ちくま新書)

この本の中で「ニューラルハイパーリアリズム」という概念が提唱されている。簡単に言うと、人間はより多くの神経系を活性化させる刺激をより「リアル」であると感じ、それにひきつけられるのだ、みたいな感じか。
以前から、この考え方はコンテンツをめぐる状況に当てはめやすいなぁ、気が向いたらそのうち何か書きたいなあと思っていたのだけれど、たまたま気が向いたので書いてみたい。


「サブリミナル・インパクト」のなかでは、ニューラルハイパーリアリズムの文脈の上で語られる「よりリアルな刺激」ってのが、一度に複数の感覚、より多くのモダリティを刺激するものに限定されているような印象がある*1。視覚だけ、聴覚だけよりも一度に複数の感覚をジャックする刺激がより「リアル」で、より新奇性の高いキツめの刺激が「リアル」だ。
既存コンテンツに対するネットのインパクトというのが語られるようになって久しいけれど、では既存のコンテンツに比べてネットで見ることができる個々のコンテンツがより「リアル」であるかというと、首を傾げざるを得ない。
では、ニューラルハイパーリアリズムにおいては、ネットの持つインパクトをどのように説明するのか。
それは、個々のコンテンツの持つ新奇性ではなく、常に形を変え続けるという形での「新奇性」によるものだ、と考えると、収まりがよいのではないかと思う。
ネットは広大無辺であるが、各人がその中を思い思いに点でばらばらに泳ぎまわっているのかというと、そういうわけでもない。ニュースサイトであったり、かつてのテキストサイトや掲示板であったり、ブログであったりソーシャルブックマークであったり、RSSリーダーであったりニコニコ動画であったり、Twitterであったり、自分の使い勝手のよいサービスというものを各人持っている。使い勝手のよい馴染みのサービス。言い換えると「親近性」の高いサービスだ。
そういった場所はいわば落ち着ける場所であるが、同時にリアルタイムで刻一刻と形を変え続ける。ニュースサイトであれば新たなニュースが報じられ、SBMであれば新たな記事がブックマークされ、ブロゴスフィアでは新たな視点が提示され揉め事まで起こり、RSSでは未読のフィードが山脈を形成し、ニコニコ動画では野生のプロが新作をドロップする。そしてTwitterは相変わらずカオスだ。
この変化し続ける特性こそが、ネットが総体としてより「リアル」であると受け取られる、言い換えるとネットが識閾下に与えるインパクトの基盤をなす、と捉える事が可能なのではないかと思う。
同時に、これこそが既存のコンテンツがネットに対抗する上で壁となるのではないかと思う。シーンが形を変えるスピードという点では勝負するだけ無駄である。となると、過去に蓄積した膨大な量のコンテンツから、いかに時節にあった、タイムリーなものを発掘することができるかという意味での編集者的な視点が、より重要視されてくる世の中になるのではないかなー、などと。タイムリーなものをタイムリーですよとアピールする上で、ネットをうまく利用するというのが理想像なんだと思うのだけれど、まあ理想は理想であり、どこかにあるユートピアであり、ゴダイゴは偉大なバンドである。現状では「○○社××氏より献本御礼」的な、新作の販促ツールとしての使用に大多数が留まっているわけで。この次のレベルとなると、「どこでも本が買える」kindleのようなコンセプトがさらに映像や音楽もその場で買えるようになり、さらにネットで気になる記事を見たらその場ですぐそれを購入できるといったような、薄そうで実は厚そうな壁を二枚くらい越える必要があるのではないかな、などと思う。いわば、究極の衝動買い斡旋装置だ。



さて、ここまで長々と書いてきたことを、短くまとめるとこうなる。
「ネットってリアルタイムのスピード感がやっぱりすごいよねー。ネットでリンクをクリックすればすぐその場でモノが見れるようになればよいのに」
だーー!! 66文字で済んだじゃねえか!! 返せ! この文章を書くのに使った俺の気だるい午後を返せ!

*1:読んだのがしばらく前ですので、「いや、そんなことなかったよー」という方はぜひご指摘を。できれば優しく。