万来堂日記3rd(仮)

万来堂日記2nd( http://d.hatena.ne.jp/banraidou/ )の管理人が、せっかく招待されたのだからとなんとなく移行したブログ。

御伽話になれなかった「おおかみこどもの雨と雪」の失敗

しつこく「おおこみこどもの雨と雪」の話である。多分、これで最後。



ネットスラング風に言えば、この作品は「これがやりたかっただけだろ」の究極系であると思う。

「若くてきれいなお母さんが涙こらえつつも無理に笑って『×××』とか言ったら、もうグっとくるよね!」とか
「でもそのお母さんが冷たい都会でうちひしがれて落ち込んじゃってるのもたまらなくグッと来て泣いちゃいそうになるよね!」とか
「トトロと違って、低空を這うような疾走感ある、でも楽しいシーン作りたくね?」とか
ツンデレの無骨な爺さん最高!」とか

まあ、他にもいろいろ。
そんな、グッとくるシーンだとか、グッとくるシチュエーションだとかを、やたら高い完成度で詰め込んだのが「おおかみこどもの雨と雪」なのではないかと。そりゃ、愉快だし落涙もする。極めて後味もいい(個人差があります)。私個人としてはもう大好きである。ああ、また見たくなってきた。劇場5回目、行っちゃおうか。


ただ、やりたいことを詰め込んだが、その間の整合性をどうとるか、という問題が出てくる。
結局、整合性はあまり取れていない。
既に色々なところで指摘されていることもあろうが、雨と雪に対する態度の違いや(雪ちゃん、よくあれでひがまなかったよねぇ。「雨ばっかりかまって!」って)、あまりに自分ひとりきりで育児をしようとする花の行動、花の行動や村人の行動におけるテクノジーの不在、雪の家庭に対する態度の変容についての理由づけの欠如、花にとってというか物語にとって都合の良い形でのコミュニティの花への働きかけ方(都会は冷たく田舎は甘く)、そもそも雨は地元に住んでるんだから自宅から通勤できなんだのか問題、どこに行けば花みたいな女性に会えるのかについての連絡先が書いてないこと*1、などなど。
まあ、探せば他にも出てくるだろうし、他の点を指摘している人も多いだろう。「ここがこうだったら、もっと説得力のあるストーリーになったのに!」と。画面の説得力は十分すぎるくらいに十分なだけに。


というかですね。実は整合性を取ろうとしていないのではないか。
世の中には、ストーリーの整合性というのがあまり問われないジャンル、というのが存在している。
私が愛する落語もそうだ。
そして、童話、寓話、御伽話もそうだ。


御伽話。
既に見た方なら聞き覚えのあるフレーズだろう。
そう、本作はやりたいことを目いっぱい詰め込んだ作品だ。それを全体として成立させるために、御伽話であろうとした*2。整合性や無矛盾のためにあのシーンが描けなくなるなんてまっぴらごめんだ。御伽話にしてしまえ。
御伽話なんて言うのは冷静に見れば突っ込みどころだらけである。しかし、それは御伽話を楽しむ上で本質的なものではない、という受け取られ方をしている。なら、そういった見方をしてもらおう、という具合で。
かくして、「おおかみおとこ」「おおかみこども」という設定をはじめ、まるで嘘みたいにポンポン進む古民家の修繕、奇跡のような就農1年目からの大成功、一晩で雪が積もるのはいいけどなんで氷柱までそんなにできてるんだ現象、実際に雪の中をそんな軽装で駆け回ったら風邪ひくどころじゃすまないぞ体質、そもそもその収入で子供二人育てるとか可能なのか経済、などなど、冷静に考えればおかしい事柄のオンパレードとなった。
なによりも、非常に重要な場面での、2回にわたる「御伽話」への言及。
「これは御伽話なんですよ! そういうつもりで楽しんでね!」とメッセージを発しているわけである。
「だから、あまり現実社会とリンクさせないでね! 現実的にはおかしいって言われても、そういう話じゃないから!」と。
その目論見は大失敗に終わっていると言えるだろう。
良く考えるとおかしいところはあるけれど実際に美しい映像で見せられてしまうことの持つ説得力、物質的な意味で実にリアルな描写(水の流れとか草花とかね)、シチュエーションとして現実とリンクしやすい(むしろ定型的なと言ってもいい)シチュエーションの多用(都会で孤立を深めることによる悲劇や、都会から田舎への脱出・就農、シングルマザーという要素、などなど)、どれも今作を「御伽話」として成立させることについて言うと、マイナスに作用してしまった*3
これが今作の失敗した点である、と私は思う。御伽話は宣言しただけでなれるものではなかったのだ。

*1:あんな女性は実際にはいないって? 男ってのは実際にはいないとわかっていても花や響子さんを夢見るもんなんだよ!

*2:ファンタジーと言ってもいいのだが、ここは作中でも使われていた「御伽話」という言葉を尊重したい

*3:そこらへん、やっぱりトトロはえらいよねぇ