万来堂日記3rd(仮)

万来堂日記2nd( http://d.hatena.ne.jp/banraidou/ )の管理人が、せっかく招待されたのだからとなんとなく移行したブログ。

昭和元禄落語心中、第1話に登場する演目を上方では誰がやっているかについて、あくまで私の知る範囲で

昭和元禄落語心中アニメ化で、落語に興味を持ってくれる人が増えればいいなぁと思っているのだけれど、落語心中の舞台は東京。私は現在大阪在住で普段は上方落語を聞いて楽しんでいるわけで。
だもんで、落語心中に登場した演目を、上方では誰が演じているか、私が遭遇した範囲内でも書いておけば、少しでも誰かの案内になるかなぁとか思った次第。


まずは「死神」。明治期の東京の大名人、三遊亭圓朝作の演目なので、いまだに上方に根付いているとは言い難いです。
私が遭遇した範囲内では桂文太さん、桂文我さん、笑福亭竹林さん、桂枝三郎さん、笑福亭たまさんが高座にかけてらっしゃいました。
この中でも文太さんと文我さんは、もう演目数に関してはチートレベルというか。「実は米朝師匠より持ちネタは多いらしい」と聞いても納得してしまうような、そんなところがある。文我さんなどは「むしろありふれた演目をやっている方がレア」な気さえするし、文太さんも東京の話をどんどん上方へ移植し、お二人とも違和感なく安定して聞かせてくれる、すごいお人なのです。


続いてほんのちょっぴり、ラジオから流れてくるという形で登場した「二番煎じ」。
私が遭遇した限りでは桂雀三郎さん、桂塩鯛さん。遭遇はしていないのだけれど、第1回放送直後、先の日曜日の会で桂まん我さんもかけられたらしい(まん我さん、先に名前を挙げた文我さんのお弟子さんで、作者の雲田はるこさんとも交友をもっておられて落語会でジョイントなんかしちゃった実績のある方)。
雀三郎さん、塩鯛さん、どちらも爆笑の高座だったと記憶しています。熱演で客席を巻き込んでいく塩鯛さん。雀三郎さんは、twitterのフォロワーさん曰く「雀三郎が楽しそうにやっていたら、そりゃ無敵だろう」とのことで、本当、そう思います。古典落語で爆笑させるのだったら、もしかしたら一番かもしれない、くらい思ってますですよ。


続いて劇中で与太郎さんが熱演する「出来心」。上方では「花色木綿」の題で演じられます。
上方では別の題名がついているくらいですから比較的頻繁に演じられる演目なので、多くの落語家さんの名前を挙げるのは控えさせてもらって。印象に強く残っているのは笑福亭三喬さん。飄々とした語り口で、基本きっちりと演じられるのですが時として自由自在に時事ネタやら現代風のくすぐりやら放り込んでくる、凄腕の中堅さんです。軽めのネタから変化球の「べかこ」、大ネタ「三十石」までなんでもござれ。また、定席の天満天神繁昌亭に出るときも色んなネタかけてくれるんですよねぇ。これは文太さんもそうなのだけれど。
「東京の落語は少し聞くけど上方はあんまり……」という方には「柳家喬太郎さんと長くふたり会をやっている落語家さん」と言ったら興味を持ってもらえるでしょうか。


次に、八雲師匠の独演会の前座として高座に上がった与太郎さんが大苦戦しまくる「初天神」。
これも上方でも頻繁に演じられる話です。「花色木綿」以上に落語会や寄席での遭遇率も高い!
こちらも印象に強く残っている落語家さんだけ挙げさせていただくと、桂文太さん、笑福亭竹林さん。桂米二さん。
私、文太さんの高座を初めて見たのが「初天神」でして。その当時は落語を生で聞き始めて間がない頃で、面白かった落語家さんの名前を憶えて、帰宅してから検索して調べたりしていたわけですよ。そしたら驚愕の事実が。
「え!? あの文太さんっていう人、視覚障碍者なの!?」
そうなんです。真っ黒でお利口な盲導犬、その名もデイリーと一緒に会場入りされる立派な(?)視覚障碍者なのです、文太さん。でも、見ている間はただただ面白いばかりで、そんなこと全然わからなかった!
竹林さんはちょいとグルーミーな感じを漂わせる痩せ気味の落語家さん。最初に挙げた「死神」でも、ニヤニヤ笑う妙に陽気な(でも少し不気味な)死神も印象深いんですが、「初天神」では、口は悪いながらも子供をあやしているうちに実に嬉しそうな顔を見せる父親や、ませた物言いしながらもそのうち子供っぽく駄々をこね始める息子が実にチャーミングで印象に残っています。寂寥感漂うほろりとくる秋の話「まめだ」なんかもいいのよねぇ……ご陽気な中にも情が垣間見えるというか、そういうの、すごく達者な方です。
そして米二さん。何を隠そういや別に隠さなくても私が一番好きな落語家さんなんですが、基本、きっちり丁寧にやられる方で、じわじわじわじわ客席を巻き込んでいく、だもんで話が長ければ長いほど楽しさが大きくなっていくような方です。爆笑じゃなくて、聞いているうちにどんどん引き込まれていくタイプ。米二さんの「菊枝仏壇」「百年目」「千両みかん」「動乱の幸助」「代書」あたりはもう、私にとってはこの上ないごちそうです。
で、この初天神、途中までで切られることが多い演目なんですけれど、米二さんは時間さえ許せば最後まで演じてくれる貴重な方の1人。ぜひぜひ。


最後に八雲師匠が独演会で演じる「鰍沢」。これも三遊亭圓朝作で、上方ではほとんど演じられない演目です。
文我さんや枝三郎さんあたりもしかしたら持ってらっしゃるネタかもしれませんが、私が遭遇したのは桂文太さんのみ。「無妙沢」の題で演じられてます。なんか文太さんの登場比率高いですが、仕方ないんですよ! 私悪くないよ! 東京のネタを上方に移植するエキスパートみたいな方ですから。他にも「よもぎ餅(黄金餅)」やら「袈裟茶屋(錦の袈裟)」やら「松島心中(品川心中)」やら「八五郎出世」やら。またどれも面白いんだよ……


あともう一つ番外編で。


作者の雲田はるこさんのtweetによるとDVDには「宿屋の仇討」も収録されるとのこと。上方では「宿屋仇」の題で演じられており、大ネタとして知られています。米二さんの著書「上方落語十八番でございます」161ページから引用しますと……

うちの師匠も言うたことがあります。
「一ぺん、この『宿屋仇』を完璧にやってみたいなあ」
うちの師匠でも一度も完璧にできてないと言うんです。

いや、うちの師匠って、あの人間国宝桂米朝がこう言うんですよ? 劇中で演じる石田彰さんにとってはもう拷問ではないかと(笑)
上方落語の世界を舞台としたコミック、逢坂みえこの「たまちゃんハウス」でも、下座(お囃子さんのことです)との連携がとても重要な話として大きく取り上げられていましたっけか……
これも多くの方が演じられているのですが、おひとり、桂九雀さん。くじゃく、と読みます。
ご陽気かつサービス精神に富んだ高座で楽しませてくれる方なのですが、非常にプロデュース能力に長けてらっしゃいます。演劇と落語をジョイントさせてみたり(「噺劇」と銘打って定期的に公演されてます)、吹奏楽忠臣蔵と落語を組み合わせてみたり。かと思えばろうそくの明かりだけで楽しむ小規模な会を企画したり、投げ銭制の(本当に投げないように)勉強会を頻繁に開かれたり。また古典落語を現代風に改作されたり、米朝師匠の若き日の創作落語を復活させたり。田中啓文さんの落語ミステリ《笑酔亭梅寿謎解噺》を舞台化して3人で演じられたりもしましたっけ。あれは面白かった! どの演目をやるかだけではなく何をやるかも楽しみな落語家さんです。


以上、あくまで私の知る範囲での「昭和元禄落語心中」アニメ第1話で登場した演目は上方では誰がやっているかのお話でした。私より詳しい方は星の数ほどいらっしゃるので念のため。
2話以降も落語がたくさん出てくるといいなぁ。

昭和元禄落語心中、第1話を見ての個人的な感想と演目と萌えポイント

昭和元禄落語心中、見終わった。原作は読んでいるけれど、アニメは全くの初見。丁寧に作ってあるなぁ!面白かった!


登場した話は
「死神」

【落語】柳家小三治/死神(1996年)

「二番煎じ」(←小夏がラジオで聞いてるやつ)

落語 春風亭昇太 二番煎じ


「出来心」(上方では「花色木綿」)

落語:花色木綿 桂文我


初天神

柳家さん喬 初天神


鰍沢

【ラジオ寄席】落語 林家正雀「鰍沢」Rakugo



劇中でかかるお囃子は、まず「らくだ」でおなじみ「かんかんのう」

松鶴 らくだ


前座修行の場面でかかる、柳亭市馬さんの出囃子でおなじみ「吾妻八景」

柳亭市馬:掛取萬歳:2006年1月


次回予告でかかる古今亭志ん朝専用「老松」

志ん朝 文七元結


しっかし、丁寧だったねぇ。
松田さんが、八雲師匠が小夏さんを「お引き受け(おしきうけ)」したとか、八雲師匠が与太さんと助六さんが似ていることを指して似たような奴に「引っかかっちまった(しっかかっちまった)」とか。江戸弁。

与太さんが出来心を熱演するとき、汗を拭くのも忘れる熱中ぶりで、流れる汗だけではなく着物の膝の裏が汗で湿っているさまで表現したり、最後、座布団から外れて頭を下げるとこで必死さを表現したり。
対称的に次の師匠の落語が、むしろ汗をかくことが許されない「鰍沢」とかw(真冬の話)

あと、兄貴分が口を挟もうとした小夏さんに「女は黙ってろォ!」とすごんだシーン、案外重要だなって。
今だとね、女流噺家何人もいるの。でもあの世界では存在しないのよ。
そういう「古い価値観」を象徴する一言というか。作者の雲田はる子さんがこの作品は志ん朝米朝が落語界にいないifの話だと言っていたそうだけれど、初の女流である露の都もいない。
原作では後々「上方はさらに壊滅的な状況である」ことが示されるのだけれど、そこまでは多分行かない、よなぁ。今作は東京が舞台だけれど、折に触れ「上方で孤軍奮闘する最後の落語家」萬月さんが登場したり、リアルでは上方落語家の桂まん我さんと落語界でジョイントしたり、きちんと上方も意識してくれているのが上方ファンとしてはとても嬉しかったり。
しかしあれですよ。八雲師匠を演じる石田彰さんと与太郎を演じる関智一さんの落語シーンの演技が賞賛されているけれど、もし萬月さんの高座シーンもなんてことになったら遊佐浩二さん大変だわなぁ。なにせ原作では披露する演目が「東の旅 発端」。見台の「叩き」やんなきゃいけない(笑)。

進化論ファン・古生物ファン必読の〈生物ミステリー プロ〉シリーズは、世界に誇れるガイドブックだ!

技術評論社から刊行中の土屋健著〈生物ミステリー プロ〉シリーズが、もうめちゃくちゃ楽しい。
現在既刊は8冊。それぞれこんな感じ。

①「エディアカラ紀・カンブリア紀の生物」
地球上に登場した「生物」たち! 奇想天外なエディアカラ、バージェス、オルステン動物群! そしてそれらを生み出した「カンブリア爆発」とは!?


②「オルドビス紀シルル紀の生物」
多様性を増していく生物たちに襲い掛かるオルドビス紀の大量絶滅!そしてウミサソリ三葉虫の時代がやってくる! そしていよいよ植物が上陸開始!


③「デボン紀の生物」
着々と陸上進出を進める植物たちを尻目に、ついに脊椎動物が海洋を握った「大魚類時代」到来! サメvs硬骨魚類の戦いの中、一部の魚類はついに地上を目指す!


④「石炭紀ペルム紀の生物」
地上で繁栄する植物たちと昆虫たちに囲まれつつ、上陸を本格化させる脊椎動物たち! 両生類の繁栄、爬虫類の登場! そして古生代の締めくくりは史上最大! 96%の生物種を消し去ったペルム紀末の大量絶滅の原因とは!?


⑤「三畳紀の生物」
いよいよ始まった中生代! 大量絶滅でリセットされた世界に遂に登場した恐竜たち! しかし恐竜が覇権を握るのは三畳紀末の大量絶滅後の話。三畳紀を牛耳った生物とは!?



⑥「ジュラ紀の生物」
恐竜時代到来! 猫も杓子もジュラシック! 哺乳類もジワリと多様化しつつも、恐竜は繁栄を極める! そしていま明らかになる「始祖鳥の色」とは!?



⑦「白亜紀の生物 上巻」
⑧「白亜紀の生物 下巻」
やってきました中生代! とうとうこれで締めくくり! いよいよティラノサウルスが登場し、アンモナイトは海中でやたらグルグル巻き! そしてとうとう空から隕石が落ちてきた!


煽り文句は勝手に作った。
1冊2680円(税別)と、まとめて買おうとすると少しお高いが、むしろコストパフォーマンスは良い方の部類に属する本だ。なんなら図書館にリクエストしたりしてもいいと思う。
進化論ファン・古生物ファンは必読、最強のガイドブックですよ、こいつは!
以下、その魅力をいくつか挙げていこう



・化石写真や復元図がカラーで豊富に収録されている。しかも!
へんないきもの」ってな本がヒットしたことがあったが、やはり現在では考えられないようなへんてこな生物がかつては存在していたことを知るというのは、古生物に関する本を読むうえで大変な楽しみのひとつだ。
本シリーズでは、カンブリア紀だけとか白亜紀だけとかではなく、すべての紀を舞台にしてへんてこりんな生物たちが大活躍するさまを堪能できる。最高じゃないか!
しかしだ、ただへんてこりんな生物がたくさん収録されているだけの本ではない。それでは「分厚くなった『へんないきもの』」に過ぎない。
本シリーズは、たとえ見た目がなんてことのない生き物でも、それが進化の歴史を語るうえで欠かすことのできない生き物ならば、躊躇なくそれを取り上げる。そして、その生物が進化を語るうえでどのような位置を占めているのか、簡潔かつ丁寧に、ユーモアを交えつつ解説していく。
例えば2巻「オルドビス紀シルル紀の生物」で、何の変哲もない魚の化石と復元図が載っているけれども……それが現在知られている中で最古の「顎」を持った生物の化石だと知れば、見る目も変わってくるでしょう? そして「顎」が脊椎動物において世紀の大発明であったことを解説していくわけよ。素晴らしい。


・最新の論文も取り上げられている痒い所に手が届く内容
生物の歴史を語る上で様々なトピックが取り上げられるのだけれど、所々に2010年代に入ってからの最新の知見が顔を出す。そうそう、それが知りたかったんだよ! という痒い所に手が届く内容だ。
例えば「ティクターリク」という魚がいる。通称「腕立て伏せができる魚」。胸鰭の中に現在の我々と似たような骨格、関節を持ち、魚類から両生類への進化のミッシングリンクを埋める存在として有名な魚だ。
で、さらりと、2014年にティクターリクの後半身が新たに発見され、大きな骨盤と、鰭状だがやはり胸鰭と同じように骨格や関節を備えたいわば「後ろ足」が発見されたなんて書いてあるわけですよ。たまんないね、もう!


・大量に挙げられる、日本語で読める参考文献
本書の構成の一つのパターンとして「ある化石の発掘場所(化石がよく出てくる場所ね)からでてくる化石群、もしくは進化の歴史上でのトピックを語る上で、既刊の書籍を下敷きにして解説していく」というスタイルをとっている。
何がありがたいかって、挙げられる参考文献に日本語で読めるものが多いことだ。
進化に関する本を読んだことがある人ならわかってもらえるのではないかと思うのだけれど……あれ、なんとかならんかね、本文の終了後に数十ページ延々と続く脚注の山と英語の参考文献のリスト。
いちいちページを往復しながら脚注を読んだり、大量の英語の参考文献の山から邦訳されているものをみつけだし、さらにページを遡ってこれはなんの問題について語った時の本かななんて調べていくなんてのは、もう苦行に近い。
その点、本シリーズはとても親切だ。巻末の脚注がそもそもない上に、日本で書かれただけに挙げられる参考文献も日本語で読めるものが類書と比べるとずっと多い。しかも参考文献リストを見なくても本文で「それでは、××について、『○○』と『△△』を参考に見ていこう」と言及してくれるので、興味を持ったトピックについての参考文献がとても印象に残りやすい。なんて親切な!


・そしてユーモアを忘れない
簡潔で抑制のきいた本文だが、所々でユーモアが噴出しており、それが読み進めていく上で大変な魅力となっている。
例えば古生物の化石をアニメに登場するキャラクターに例えたり、珍しい状態で発見された化石(出産中の化石とか)について語る際に出産中に死んでしまった当の生物にいちいち哀悼の意を捧げたり、古生物の大きさを述べる際に比較対象としていちいち著者の愛犬(ラブラドールレトリバー)を何回も何回も引き合いに出したりとか。そういった控えめなユーモアが大変によろしい。特に日本で書かれた類書に多いように思うけれど、いくら図版が多くても、いくら志が高くても、本文が無味乾燥では本としての魅力は半減してしまう。やっぱり、文章が面白くないと!


というわけで、生物の歴史を概観する本というとフォーティの「生命40億年全史」(文庫 生命40億年全史 上 (草思社文庫)
文庫 生命40億年全史 下 (草思社文庫)
)が有名だし、個人的にはリチャード・サウスウッドの「生命進化の物語」(生命進化の物語
)が決定版だと思っていたけれど、本シリーズはその両者を凌駕すると思うので、マジでお薦め! いわばあれですよ、世界に誇れるレベルのガイドブックですよ!

イスの偉大なる種族はタイムトラベラーの鑑だ

SFの道具立てとしてのタイムトラベルだが、あれ、現実的には病原菌がすごく問題になると思う。
考えてもみてほしい。大陸から離島へと人が渡っただけで、それどころかヨーロッパから新大陸へ人が渡っただけで大陸から持ち込まれた病気が流行してえらい数の死者が出てきたっていう歴史があるわけだ。
この現象が、時をまたいだ形で起こる。まだ現在では問題になっていない未知の病原体が未来から持ち込まれたり、はたまた現在では症状がおとなしくなている病気がまだ猛威を振るっている頃の活きのいい病原体が過去から持ち込まれる。
また、現在から過去もしくは未来へ持ち込んでしまう病原体も問題となるだろう。
火星探査機についていた微生物が火星を汚染してしまうかもしれないなんて心配が本気でなされる時代だ。現在の微生物が他の時代を汚染する危険性を軽視していいはずがない。
一番安全なのは、肉体はそのままに、意識だけを過去はたまた未来へ移すという方法だが……なんか、クトゥルフにいたね、そんなの。イスの偉大なる種族だっけか。
イスの偉大なる種族こそが、タイムトラベラーの鑑と言えるだろう。

ティプトリー「接続された女」を落語にしたら/桂ぽんぽ娘「乱子の恋」

先日足を運んだ落語会で、桂ぽんぽ娘さんの「乱子の恋」という新作落語を聞いた。ぽんぽ娘さんは今までメイド漫談しか聞いたことがなかったのだが、あのティプトリーの傑作短編「接続された女」を現代劇に(それも少し昔の、ちょっと懐かしい現代劇に)したかのような見事な出来で、すっかり感心してしまったのだ。
過去に様々なアルバイトをしたぽんぽ娘さんがテレクラのサクラのバイトをしたときにいた、ものすごいやり手の先輩乱子さんの話、という道具立てである。本当にそういう人がいたかは知らない。そもそも本当にテレクラでバイトしていたかも知らない。


聞いた人も多くはないだろうから、簡単にあらすじを書いておく。
乱子さんの外見は、ものすごく太っていてしかも前歯がない、と描写される。うひゃあ。しかし、そのアルバイト先では断トツでナンバーワン。納豆巻をしゃぶることで淫靡な物音を演出しつつ、ものすごく稼いでいる。
そんな乱子さんに、気になる男性が現れた。テレクラの客なんだけれど、Hな話題じゃなくて身の上話や世間話をしてくるそうだ。
他の客とはちょっと違う雰囲気を持ったその男性に惹かれてしまった乱子さん。ある日とうとう、直接会う約束をする。もちろんご法度なんだが、それでも。
そしてしばらくして、目を真っ赤にはらした乱子さんが帰ってきて……といった内容。


どうだろう。見事なまでに「接続された女」の要素が凝縮されてはいないだろうか。
接続された女」の主人公P・バークは、その外見が人並み外れてアレなために不幸な目にあい、人生に絶望して自殺を図る。乱子さんも、その外見ゆえになりたかった職業につけず、挙句の果てにテレクラのサクラなんぞをやっている。つまりだ、両者ともそのハンデキャップゆえに社会から疎外されちゃっているのだ。
P・バークは自殺しようとしたところを命を助けられてしまい、「デルフィ」という美少女のアバターを操る役目を与えられる。美少女を操る役になったわけだ。そしてそこで、デルフィがスターダムに駆け上がるという形で隠れた社会的な成功を得る。
乱子さんはどうかというと、テレクラのサクラで断トツのナンバーワンだ。こちらも、「声」という虚構を用いて、社会的には公にできないような形での成功を得る。
P・バークはその後、禁断の恋に落ちてしまう。しかし相手の男が恋しているのはデルフィ。自分ではない。しかしそれでも思いを抑えることができない。社会から疎外され続けてきた自分をとうとう慕ってくれる人物が現れたのだ。無理もない。この状況も、乱子さんのそれと見事に重なるのはもう言うまでもないだろう。
そしてP・バークの恋も、乱子さんの恋も、間に一枚、虚構の存在を挟んでいたがために、必然的に悲劇的な結末を迎える。


さあ、どうだどうだ。
接続された女」と言えばサイバーパンクの先駆的作品としても名高い傑作だ。それゆえ、ついつい情報化社会に絡めて語ってしまいがちだ。
ところがどっこい、「テレクラのサクラ」という、2016年の今となっては懐かしさを感じる道具立てで、見事に再現できてしまうのだ。おまけに、一見メロドラマ的な要素のみを抽出しているようで、しっかり「虚構の自己を演じるが故の悲劇」という大事な要素もしっかり取り入れている。面白うてやがて悲しき、見事なコメディになっているのだ。
接続された女」が好きで、なおかつ「乱子の恋」を聞いたことがあるというと日本でも下手をしたら十指に満たない気もするのだけれど、聞いていて感心しっぱなしだった。お見事でした。

今更だけれどICE CUBEの1stアルバムの邦題が神がかっている件について書いておこうかと

今更、なんですが。
ICE CUBEの1stアルバムの邦題が神がかっている件について、きちんと書いておいたことがなかったので書いておこうかと。本当、知っている人には今更なんですが。


近年は俳優としても活躍しているICE CUBEと言えばいわゆるギャングスタラッパーの代表格。
Dr.DreやEASY Eが所属していたことでも知られる伝説的なグループN.W.A.のメンバーでもあります。
暴力的で社会に対して大きな不満や苛立ちを抱えている黒人の若者、その心情にスポットライトを当て、瞬く間に全米を席巻したギャングスタ・ラップ。その火付け役がN.W.A.です。
そんな中で、見た目からして「なんか常に怒っていそう」な通称「8時20分眉毛の男」ICE CUBE。高めの声でテンションの高いラップを披露する姿は、周りを薙ぎ払う機関銃を連想させるような。
正直、私は東海岸からHIPHOPに入門したもので、西海岸はコンプトン初のギャングスタラップ・ムーブメントにはそれほど詳しくないのですが、それでもN.W.A.やICE CUBEDr.Dreはさすがに無視できないし、ICE CUBEとCOMMONのビーフ*1ICE CUBEがMACK 10、WCと結成したWestside Connectionのヒットなどは印象に残っています。
私個人としてもICE CUBEはリスペクトされてしかるべき超大物だと思いますが、実は聞いている回数としては1stアルバムよりもベスト盤や2nd、3rdの方がずっと多かったり。いや、2ndと3rdは、本当に今聞いても思わず圧倒される熱量を持った傑作だと思うですよ。評判のあまり良くなかった4thも“Bop Gun(One Nation)”“You Know how We Do It”はレイドバック感がたまんない名曲だし。
ちなみに2ndアルバム“Death Certificate”の邦題は「生と死」。3rdアルバム“Predator”の邦題は「略奪者」。4thアルバム“Lethal Injection ”の邦題は「致死量」です。


ではN.W.A.脱退後の記念すべきICE CUBEソロ1stアルバムのタイトルは何かというと

“Amerikkkas Most Wanted”

で、これを邦題ではどう訳したかというと

「白いアメリカが最も望むもの」



お見事!
いや、20数年、書くタイミングが遅いですが(笑)、お見事です!
原題の意味は「アメリカの最重要指名手配」といったところでしょうか。暴力にあふれたギャングスタラップは昔から批判にさらされており(例えるならば「クローズ」や「白竜」を暴力的な漫画だ、社会的、教育的によろしくない、と批判するようなもの)、そういった声を煽るような挑発的なタイトル。
で、邦題の「白いアメリカが最も望むもの」の「白い」はどこから来たのかつったら、もちろん原題の“America's”とすべき部分を“Amerikkkas”と表記しているところからきているわけです。CをKと表記する類の表記の揺らぎはHIPHOPでもよくある話ですが、わざわざAmerikkkasとKを3つ並べ、あの「KKK」を連想させるように作ってある。
これをうっかり「アメリカカカの最重要指名手配」とかいう邦題をつけちゃってたら、邦題迷作・珍作の輝かしい歴史にノミネートされたと思うのですが*2、これをスマートに処理した。本当に神がかった邦題だと思うのです。
でも、繰り返しになるけど2ndや3rdの方が好きだけどな!




*1:もめごと。暴力沙汰に発展せず、お互いに作品で非難しあいファンたちがジャッジするというのが理想です

*2:またね、ご多分に漏れずHIPHOPでも変な邦題、多いんですよ! 「恋の呪文は1234」とか「スタコラ大作戦」とか

え? 王様普通に服着ているんじゃない? 「伊藤計劃『ハーモニー』が崩壊したぞ!」と喜んでいるのはとても微笑ましいです

anond.hatelabo.jp
最近はめっきりブログとかも見なくなったんだけれど、たまたま上記リンク先の文章を目にしましてね?

まあ、最近おっちゃん読書量落ちてるし、ちょい鬱気味で何するのもおっくうなんで、手短に思ったことを書いて済ませますが。


いや、言うても最近は記憶力の減退著しいもんでね。読んだ当時の私はどんな感想書いていたのか読み返してみたんですわ。
またまた伊藤計劃「ハーモニー」について/俺の幼年期はまだ終了してないZE! - 万来堂日記3rd(仮)
そしたらね、この、今見ると恥ずかしさで自殺したくなるような情けないタイトルのエントリに、こんなこと書いているのね、私。

「ハーモニー」の世界では、WatchMeだかなんだかいう、ナノテクだかなんだかを各人が体内に飼ってる。で、そのテクノロジーが利用される形で、最終的に人類は「自己」を失うってのが大仕掛けだ。
エピローグでも、全世界数十億の人類から意識が消失したとはっきりと明記されている。




そうそう。お気づきかと思いますがね。「全人類」とは書いていないんですな。
今日やっとそのことに気がついたのは、我ながら迂闊もいいところなのだけれど。


つまり、当時の私は「うお! 作者のミスリードにまんまとひっかかった! ていうかこれ続篇フラグじゃね!? うおーーーーっ!?」
って思ってたんですな。これが遺作になっちゃったけどね。
んでね、この「作者がエピローグに仕掛けたミスリード」を、冒頭でリンクした増田は意図的なものでなくミスであると断定し、伊藤計劃は病身だったからしょうがねえけど早川書房は仕事しろよと、まあ、なんともえらいこと言っています。この全能感。しびれるねぇ。



んで、「ハーモニー」のアイデア独創的だとは思わないとか書いてあってだね。先駆的な小説の名前とか挙げてあるんだけどさ。この、知識をひけらかしているつもりで『僕は小説しか読んでいません!』と恥をさらしている感。本当たまらないね。憧れる。
哲学的ゾンビでも、ベンジャミン・リベットの「マインドタイム」でも、カーネマンの「ファスト&スロー」にまとめられている意思決定に影響を与えた要因と実際の帰属(自分がこうだと思った理由)の食い違いでも、それこそぐぐぐぐいっと遡って心理学における行動主義の勃興と内観の否定でもいいけどさ。昔から割とホットなトピックなわけだよ。目新しくない? いまさら何言ってんだ。扱うにしても少々底が浅いってんならわかるが。


んでな、もっともうひょーってなったのが下記の点。引用しますとね。

SFを評価する上で、アイデアは確かに重要だ。
 けれど、その作品のプロットや構成が、最低限成立しているかどうかくらいは、アイデアの好き嫌い以前に、ちゃんと見極めるべきだ。

ともあれ、これほどまでに構成の破綻した作品を日本SF大賞の受賞作にしたり、オールタイムベストの1位に選んでしまうのは問題だろう。

 いくらなんでも、あれだけ多くのSFファンやSF評論家が持ち上げているのに、誰一人として欠陥に気づかないというのは、どう考えてもおかしい。
 みんな、欠点に気づいていながら、それを指摘してしまえば伊藤氏のファンから一斉に反発を食らってしまうために、沈黙しているのではないか?
 あるいは、伊藤氏が亡くなってしまっていて、作品の欠陥を指摘したところで訂正の機会がないから、批判するのは忍びないと感じているのではないか?
 だとすれば、これはまるっきり、童話の「裸の王様」だ。

もしも、「この『ハーモニー』という作品は、これだけ小説としては崩壊しているけど、それでも僕は好きなんです」と言える読者がいるのなら、僕もそれは否定しない。作品の出来不出来と、個人的な好き嫌いは必ずしも一致するものではないからだ。

この屋上屋を重ねる自己完結感! 力強い!

つーか、これはちょっと真面目に書くとね。この「プロットとして破たんしていない=小説/作品として優れたものである」という価値観ね。これ、私も覚えがある。覚えはあるんだけれど、小説のみに関わらず多くの作品に接していくうちに揺らいでいつの間にか消えてしまっていた価値観なんだわ。
別にね、ストーリーが破綻してても、それ以上に面白ければいいし、あまつさえそのストーリーの破綻が作品の魅力にプラスに寄与してたりすればむしろそれは美点ですらあるのよ、というのが現時点での私のスタンス。つじつまの合う合わないは、大きいけれど一要素でしかない。
だもんで、「ストーリーに矛盾がある=小説として崩壊している」という元増田のスタンスには賛同しかねるのよね。

だもんで、このエントリの結論としては
「いよっ! 裸の元増田! ナイスバルク!」
であります。



じゃあおっちゃん、秋刀魚漁に戻るさかいな*1

*1:艦これ