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万来堂日記3rd(仮)

万来堂日記2nd( http://d.hatena.ne.jp/banraidou/ )の管理人が、せっかく招待されたのだからとなんとなく移行したブログ。

ルポで実名を出す理由

書籍

光市の母子殺害事件で、犯人の実名を出したルポが刊行されるという。

元少年の実名表記したルポ刊行へ 山口県光市の母子殺害事件 - 47NEWS(よんななニュース)

まずこの見出しを読んで、ちょっと嫌な感じ、ネガティブな感情を抱いてしまった。
そして記事を読んでみたわけなんだが、最初にネガティブな感情を抱いてしまったせいか、どうもひっかかってしまった。

断っておくが、私、この事件に関しては全く詳しくない。自ら情報を探してみるということをほとんどしていない。であるから、被害者感情への配慮とか、知る権利とか、少年法とか、矯正の可能性とか、そういった事柄については語るほどの考えをもっていない。
幸いにしてというか、記事の中で示されている「実名を出す理由」というのも、そこまで踏み込んでいるわけではない。引用しよう。

事件時に被告は18歳で、実名掲載は少年法違反の恐れがあるが、著者で大学職員の増田美智子さん(28)は「被告と25回の接見を重ね、人間として描きたいと考えた。匿名では人格の理解が妨げられ、モンスターのようなイメージが膨らむ」と説明、本人の了解も得たとしている。重大な少年事件報道の在り方について議論を呼びそうだ。

これはどうも理由として収まりが悪いように思う。匿名や仮名で人格の理解が妨げられる人がそれほど多いのなら、むしろそちらのほうが重大な問題である気さえしてくる。


そもそも、匿名であることや仮名であることが理由で人格の理解が妨げられるって、本当だろうか?
例えば、オリバー・サックスの著作はどうだろう?


オリバー・サックスと言えば「妻と帽子を間違えた男」や、映画化もされた「レナードの朝」といった著作で有名な脳神経科医である。実に興味深い症例を、仮名や匿名でたくさん紹介してくれる。
サックス程の人の本だったら、読んだことがあるという人も少なからずいるのではなかろうか。私はサックスの本で思わず涙ぐんでしまったこともあるが、みなさんの中で「匿名だから」「仮名だから」という理由で、取り上げられた人々への理解が妨げられたという方はどのくらいいます?


脳のトラブルに起因する症例を扱った本、というのは決して少なくない。そのほとんどが仮名か匿名を採用している(というか、実名で取り扱っているのを見たことがない*1)。
また、症例の紹介というのはなにも脳神経に限ったことでもない。私は自分自身の不勉強ゆえ例をあげることがなかなかできないが、守備範囲を広げると膨大な数の過去の著作が出てくるのは間違いない。


何を言いたいかというと、匿名・仮名でのルポというのは、古くから用いられ、多くの実績を残している手法であるということだ。
匿名・仮名だと読者が人物像を理解するのに妨げがあるから実名を出しますというのは、「今さら何を言っているんだ?」感がどうしても漂ってしまうのである。

*1:スティーブン・ジェイ・グールドが「暦と数の話」の中で、サヴァン症候群である実子のことを書いているが、私が今まで読んだ中ではこれががほぼ唯一の例外だ。まあ、探せば他にもあるんだろうが