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万来堂日記3rd(仮)

万来堂日記2nd( http://d.hatena.ne.jp/banraidou/ )の管理人が、せっかく招待されたのだからとなんとなく移行したブログ。

非BL読者の私は「昭和元禄 落語心中」をどのように楽しんだか/ぼくのかんがえたちょうはなしか

落語 書籍




私ことHN旅烏、36歳男性独身異性愛者非童貞は、「昭和元禄 落語心中」をかなり楽しく読了したクチであります。
このマンガがすごい! 2012」のオンナ編で2位にランクインしたことで世間の耳目を集めているこの作品、作者の雲田はるこさんはBL畑の方だそうで。
新古書店に勤めているということはBLも扱っているという事でして、そういった意味で心理的な障壁は低い方だとは思いますが、かといって積極的にBLを読んだことがあるかというとそういうこともなく、友人や知人が同性愛者であるということが判明していたこともない*1、いたってつまらない価値観を持っている私が「昭和元禄 落語心中」をどのように楽しんだか、って話でございます。


まず、落語に対する愛情、というのはかなり感じられます。大体、作中に登場する噺のチョイスからして、好きな人じゃないと出てこないであろうセレクトですよ。
余談ですが、私は同じ落語を題材にした「兄さんと僕」というコミックがかなり嫌いなのですけど、それはこの点が一番の原因。
さて、「昭和元禄 落語心中」ですが、2巻の前半で作中の現代であるところの「与太郎放浪編」が終わり、過去編である「八雲と助六編」に入っていきます。
与太郎放浪編」は、刑務所帰りの通称「与太郎」が、弟子を取ろうとしない偏屈な名人有楽亭八雲のところに転がり込み、弟子に入ってすったもんだってな話なんですが、この編での重点は「落語の魅力を読者に伝えよう」というところにあるんじゃないかなと思います。だもんで、落語の魅力にますます魅了されていく与太郎が絶好のガイド役になる。
また、陰のある噺や艶っぽい噺を得意とする八雲と、華やかな爆笑編を得意とする(であろう)既に鬼籍に入った天才・有楽亭助六の二人がアイコンとして出てくるってのも、落語の魅力を一元的なものとして捉えないという点において、非常に効果的というか好感が持てるというか。


で、2部。「八雲と助六編」。有楽亭八雲が入門した頃に遡っての過去編。
BL好きな人はそういった読み方ができるだろうから、楽しむのに障害ないと思うんですよ。うん。艶っぽいオッサン枠というか、2012年におけるオノナツメ枠というか。
ただ、私はこれ、「僕の考えた超噺家」の話として読んでまして。
「こんな噺家がいたらカッコいいわ―/燃えるわー/萌えるわー/濡れるわー」という。
で、ですね、その想像上のカッコいい噺家を創作するというか妄想するにあたって、ただ容姿や声がカッコいいだけじゃ満足できないに違いないんですよ。なぜかというと、そこに落語ファンとしての目線がどうしても入ってくるから。
容姿端麗とは言い難い噺家さんたちの高座に触れて、笑ったり唸ったり泣いたりまた笑ったりした末に落語ファンになっているわけですから、容姿端麗なんてのは一要素ではあっても屁でもねえんですよ、実際のところ!
ですから、有楽亭八雲がただ陰のあるセクシーなおじ様、というだけじゃ満足しないし納得もしないんです。というか、作者の雲田はるこ氏自身、ただ見た目セクシーなだけの噺家なんざ鼻にもかけないに違いなく。そうじゃなきゃ、落語に対して愛情たっぷりの描写なんかできませんよ。
言い方を替えると、このコミックは「僕の考えた超噺家」を如何に血肉を備えたリアルなものとして表現するかという試み、と言ってもいいかと思います。
それを読者と共有するためにはまず落語に対する愛情をある程度共有してもらわないといけない。そのための落語そのものの魅力を重視した「与太郎放浪編」。
そのパートが終わって、いよいよ「超噺家」たる八雲本人の肉付けをするために、過去という形で、過去の姿を直接的な形で表現する必要があった、ということでしょう。八雲の「陰」に説得力を持たせる作業はまだ進行中で、3巻以降の展開が楽しみです。
しかしですね、さらにそこから先ですが、私は本作品において紡がれる「架空の落語史」にかなり期待しています。
現代編たる「与太郎放浪編」において、八雲は唯一残された孤高の大名人として描写されています。これも燃えるシチュエーションですわな。さぞかし萌えるシチュエーションなんでしょうな。
このシチュエーションに説得力を与えるためには、架空の落語史を作り上げる必要があるのですよ。
志ん朝も談志も円楽も円蔵もいない、もうひとつの歴史がないと、このシチュエーションは成立しないんです。
個人的にはこの期待感込みで、かなりこの先も楽しみにしています。だから、完結してみると期待と違ってがっかりしてしまうこともあるかもしれない(まあ、これは私の側の問題というべきですが)。
とはいえ知ってか知らずか、「落語史・演芸史の改変」というデンジャーゾーンに踏み込んでしまった「昭和元禄 落語心中」。さて、どうなりますことか。
完結時には客席から「大当たり!」とか掛け声かけてみたいものですな。

*1:まあ、実際はいたのかもしれませんが。