万来堂日記3rd(仮)

万来堂日記2nd( http://d.hatena.ne.jp/banraidou/ )の管理人が、せっかく招待されたのだからとなんとなく移行したブログ。

10月23日 桂よね吉独演会/「子別れ」の登場人物たちは、皆、笑う

桂よね吉独演会のために、大丸心斎橋劇場へ行ってきました。


桂鯛蔵……代脈
桂よね吉……七段目
中入
桂阿か枝……竹の水仙
桂よね吉……子別れ


どの高座も良かったです。
でも、トリの「子別れ」のことについてだけ、書きます。感動したので。
ネタバレしますので、ご注意ください。




よね吉さんの高座は何回か聞いたことがあります。今まで聞いたことがあるのは「商売根問」「時うどん」「御公家女房」「ちりとてちん」。あと、CDも持ってまして、それに収録されているのは「七段目」と「ふぐ鍋」。マクラも話題豊富で、アドリブもきき、メリハリがあり、華やかで、面白くなかったことがありません。
裏を返しますと、笑えるネタしか聞いたことがなかったわけですね。御存じのとおり、「子別れ」は泣かせるネタであります。


先日、洛北葵寄席で「ちりとてちん」を聞いた時に強く感じたのですが、よね吉さん、「笑顔」のバリエーションがとても豊かです。
愉快な時はもちろん笑いますし、登場人物が腹が立って仕方ないときも「もう笑わなしゃあない」という感じで笑って見せますし、何か悪いことを思いついた時もグフフという感じで笑って見せます。
それは「子別れ」でも同様でした。登場人物たちが「笑う」のです。
自分の行いが間違っていたことが身に染みている熊さんは、後悔しつつも、しかめっ面を見せることなく笑って見せます。
三年前に出て行った女房についていった亀坊と再会するわけですが、思わぬ再会に、実に嬉しそうに笑って見せます。
近況などを聞いているうちに、亀坊が、社会的に弱い立場であるがゆえに、理不尽な暴力を振るわれても我慢せざるをえなかったことを父親の熊に話します。泣きそうになりながらも、こらえて、こらえて、うつむいていた顔をぐいっと上げて笑って見せます。
熊さんから50銭のお小遣いをもらった亀坊、家に帰り、おっかさんに50銭が見つかってしまうのですが、熊さんに口止めされているため、誰にもらったのか話そうとしません。亀坊が盗みを働いたと勘違いしたおっかさんは、亀坊を問い質そうと、笑顔を浮かべて亀坊を招きよせます。


と、いうわけでね。
どいつもこいつも、悲しいくせに笑ってやがるんですよ。泣けばいいだろうに、怒ればいいだろうに、それでも笑うんですよ。
見ているこちらが、その切なさ、胸が張り裂けるようなやりきれなさに、代わりに泣いてしまうんですが。
GAKU−MCの曲で「僕らが眠らない理由」という、大好きな曲がありまして。その中にこんな一節があるんですが

まだ起きてるんですか 何が君をそうさせるのですか
眠れないのですか 眠らないのですか なにもせずにボーッとして
笑えないのですか 笑わないのですか たった一人その部屋の中で
もがきながら手探りで探す 僕らが眠らない理由

なんで続けないのですか そこに何か意味はあるのですか
怒れないのですか 怒らないのですか そんな時に笑って
言えないのですか 言わないのですか 日付のかわったその部屋で
向き合わずにすり抜けてかわす 僕らが眠らない理由

この曲における「笑顔」の扱いにも通底するような、現代的な感覚というのでしょうか。素直な感情の表出ではない、「嬉しいんですよ」「楽しいんですよ」ということを示す記号などではもちろんない、悔しい笑顔や悲しい笑顔です。


そんな、泣いたり悲しんだり怒ったりすることが出来ない登場人物たち。
そんな中で最後の最後、声を上げて泣いて見せた人物が一人。
それが、夫婦の縒りが戻ったことを喜んだ亀坊の嬉し泣きだってんだから、もうね……
これね、私が両親の仲が悪い家庭に育ったってこともあるんでしょうが、心を打たれてしまいました。
最後は親子三人、泣き笑いです。
涙をこらえて笑顔を見せてきた愛すべき人物たちが、最後に流す嬉し涙。素晴らしい「子別れ」だったのではないかと思います。