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万来堂日記3rd(仮)

万来堂日記2nd( http://d.hatena.ne.jp/banraidou/ )の管理人が、せっかく招待されたのだからとなんとなく移行したブログ。

TOY JOY POP

TOY  JOY  POP (HJ文庫)

TOY JOY POP (HJ文庫)


されど罪人は竜と踊る」は好きなので、この本も出てすぐに買ったのだけれど、ようやく読み終わった。とはいっても読みづらいわけではない。
音楽聴いたり、他の本を読んだり、仕事したり仕事したり仕事したり*1していただけなんだが。


それはそうとして、こりゃいいや。最高にひどい。最高にメチャクチャだ。一気に読み終わった。
帯の惹き文句やカバー裏の解説からして、退屈な日常ってのを強調していたので「THE 3名様」なんかを頭の隅のほうに意識しながら読み始めたのだけれど、いや、なんのことはない。退屈な日常なんて書かれていないのだ。


主要な登場人物は5人。大学7回生で演劇の脚本を手がけるデブでメガネで変人の福沢礼一、同じ大学のOGで現在はミニコミ誌で働く容姿端麗な切れ者の山崎椎菜、同じ大学の2回生で打撃系格闘技の達人である鈴木奈緒美、高校2年生でロリ系天然美少女の三輪真央と、その同級生で合理主義的な藤井瑛子。
この5人がファミレスでダラダラとだべるだけの話だと思っていたら、いや、ファミレスを離れたところでの生活は波乱も波乱。これのどこが退屈な日常なんだよ(笑)。


もっとも、この5人は「日常とは退屈なものだ」という風に認識してはいる。自分たちのそれも含め、日常とは退屈なものだ、と。それに対する反応(反抗?)が、各人の私生活で表面化しているともいえる。
その日常を書く上で浅井ラボが取った方法は、なんつーか、「限りなく透明に近いブルー」と「グラップラー刃牙」と新本格をごった煮にして、それを強烈なまでのドライブ感で引っ張る、というものだった。というか、そのように感じた。
意地の悪い年寄りとしては、「これはライトノベルじゃない!」とか言い出す人がどこかにいるのではないかと、思わず顔がにやけてしまう。


しかしなぁ、ここらへん不勉強なんでわからんのだけれど、この「日常とは退屈なものだ」という認識って今でも有効なの?
個人的なことを言うと、日常とは当の昔に「退屈な繰り返し」ではなくなっていて、「気を抜くと殺されてしまうもの」になってるんだけど。これは私が歳をとったっつーことなのかしらん?

*1:ここのところ、一日14〜16時間働くというアホなペースに戻っている。早死にするよなぁ。

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