万来堂日記3rd(仮)

万来堂日記2nd( http://d.hatena.ne.jp/banraidou/ )の管理人が、せっかく招待されたのだからとなんとなく移行したブログ。

みんなでお勉強 その2:旅烏さん、「ゲームと犯罪と子どもたち」の原題にシビれる

先日、「メディアと暴力」([asin:4326601108])という本を読みました。この本は96年の刊行で、テレビについての研究が中心です。言い換えると、ゲームもネットも視野に入っているとは言い難く、少し古いわけですが、テレビの影響について積み重ねられた研究について知るという意味で、非常に面白い本でした。著者の佐々木輝美氏はどちらかというとテレビ番組における何らかの規制を支持する立場のようですが、その佐々木氏にしても、メディアに描かれる暴力と青少年の発達を単純ではない、複雑なものとして捉えており、教育の重要性について多くの文章を費やしているというのが印象的でした。

次に読んでみたのがこの本です。

「ゲームと犯罪と子どもたち」は原著が2008年、翻訳が2009年という本です。素早い紹介はなんともありがたいことで。
なによりも原題がいいのですよ! 原題は“GRAND THEFT CHILDHOOD”、日本でも軒並みZ指定*1がなされている大ヒット作「グランド・セフト・オート」シリーズにかけているんですな。一般向け科学書の原題って、センスが洒落ているものが多いですよね。例えばドーキンスの「進化の存在証明」の原題が“THE GREATEST SHOW ON EARTH”だったり。これなども「地上最大のショウ」と同時に、ダーウィン種の起源で自らの進化論を「この見かたのなかには、壮大なものがある」*2と表現したのとかけているわけで。


えー、話が逸れました。
この本の中核はハーバード大学医学部が行った、ゲームと子どもたちとその保護者の関わりについての調査報告なんですが、その調査報告は第4章と第5章にあたります。この本は全9章で構成されておりまして、つまり、著者たちのグループが行った研究は外してはならない中核ではあるんですが、それが全てではありません。
自分たちの研究について辿り着くまでに著者たちは、まずアメリカに広まっているゲームに付いての風説を根拠のない物として否定し(第1章)、過去に商業出版された小説、コミック、映画、テレビといった、その当時の新しいメディアがどのような攻撃を受けてきたかについて歴史を振り返り(第2章)、過去に行われた学術的な研究においてその手法が適切なものであったか批判的な検討を行います(第3章)*3。自分たちの研究に入る前に、読者の頭を柔らかくしておこうというわけです。世間でよく言われている事柄には間違っている物が多いし、ゲームが特別なのではなくて、過去にも色んなメディアがゲームと同じような批判に晒されていたし、行われていた真面目な研究にだって欠陥があるんだよ、と*4
そして満を持して、第4章と第5章で著者たちのグループが行った大規模調査が取り上げられます。そこで次々と衝撃的な事実が!


……明かされるわけないじゃありませんか(笑)。
たった2年の、150万ドルぽっちをかけた一回こっきりの調査でわかりやすい結論が出てたまるかって話ですよ。
そもそもからして、序文にこう書いてあるのです。引用しましょう。

また、この研究結果は最終的な結論ではなく、理解を深め、全体像を把握するための一歩とみなすべきであることも強調しておきたい。こういった分野を研究する際、喜びと同時に欲求不満が引き起こされるのは、ひとつには研究を終えるにあたって、開始時点よりも多くの疑問を抱えるようになるからである。

研究結果はわかりやすい結論を示すものではありません。ゲームをすればするほど攻撃的になるわけでもなければ、その逆でもなく、また、ゲームと攻撃性は全く関係しないとするものでもありません。
また、アンケートという手法を駆使することでなされたこの研究からは、どこをどうひねっても因果関係を求めることはできません。
さらに、2年間に渡る研究で長期的な影響を測ることができるわけでもありません。
そして、そのことは第1章から第3章までを読み進めてきた読者にならわかるはずです。わからなかったとしたら、最初から要再読です。
それでもなお、この調査研究は重要なものであり、有益な結論や教訓を多く引き出すことができるものとなっています。はっきりとした結論は出せていないというのに。それはなぜでしょうか?
それは、目的を何にするかに関わっています。
私たちは、メディア(この場合はゲーム)が子どもにどのような影響を与えるのか、因果関係を知りたいと思っています。大事なことです。
それと同時に、子どもが立派な人間になっていって欲しいと願っています。「立派」が指し示す内容はまた様々でしょうが、こちらもとても大事なことです。
後者の視点を持つと、問題はメディアの外にも広がっていることに気がつきます。
例えば、子どもが長い時間をゲーム機の前で過ごしていたとして、その原因はなんなのか? 学校でのストレスを解決しようとしているのかもしれません。学校でRPGの早解き競争でもやっていて、学校では友達とその話題で盛り上がっているのかもしれません。はたまた、両親の言い争いから耳をふさぐ手段がゲームしかないのかもしれません。その子の場合は、一体なぜなのでしょうか?
例えば、ゲームを全くしない子どもがいたとして、その原因はなんなのか? ゲーム以外に生活の喜びを見出しているのでしょうか? 親にゲーム機を買ってもらえないような環境なのでしょうか? 学校でゲームの話しで盛り上がっている級友たちのコミュニティになじむことが出来ないからゲームにも興味を持てないのでしょうか? またはその逆? ゲームをしないから、コミュニティになじむことが出来ない可能性はあるのでしょうか?
なによりも本書は、保護者に向けて書かれた本であることが、章が進むにつれてはっきりしていきます。そこで語られるのは、ゲームを巡る諸問題について、保護者としてどう対応すべきかと言うアドバイスであり、ゲームを巡る社会の動きをどう捉えるべきかという問題であり、親と子どもはどのように関わっていくべきかと言うアドバイスです。
何かとセンセーショナルに語られがちなメディアと子どもの関わりという問題について、その根底に流れる目立たないけれど切実で重要な問題意識に溢れた好著であると思います。
最後に、またちょっと引用します。これは実に汎用性高いと思うので。

最初の一歩は、「子どもを暴力的なゲームから守るには、どうしたらいいですか?」というよく聞かれる質問を「子どもがゲームをする時間をもっとも有効に使えるように、どう手助けすればいいですか?」に変えることだ。

独身の私には、最初の一歩を踏み出す難しさは想像することしか出来ませんが。



さて、次にどの本を読もうか、迷っております。学文社からでている「メディアと人間の発達」([asin:4762012629])という、ちょっと専門書っぽい本と、メタモル出版から出ている「悪影響論争の真偽を問う! テレビゲームと子どもの心 子どもたちは凶暴化していくのか?」([asin:4895954633])というおどろおどろしい表紙の本、どちらにしようかな、と。
どのくらいおどろおどろしいかというと、こんな感じです。
テレビゲームと子どもの心―子どもたちは凶暴化していくのか?
また、巻末の自社広告を見てみますと「恐怖 有毒ミネラルにあなたは殺される!」とか「テレビ・ビデオが子どもの心を破壊している!」とか、まあ恐ろしい書名が並んでおりまして。いや、怖いっすねぇ。
ところが「テレビゲームと子どもの心」の著者である坂元章氏、「メディアと人間の発達」の編者でもありまして。買おうと思ったのもAmazonのレビューで、おどろおどろしい見た目に反して良心的な本だと言う評価を読んだからであります。
どちらにしようかなぁ。

*1:18歳以上向。業界の自主基準ですが、各都道府県の条例で陳列や販売方法に注文がつけられているみたいですね。まだ詳しくは調べていないんですが

*2:岩波文庫種の起源」下巻262ページ。今私の手元にあるのは2007年の第23刷です。

*3:第3章で先行研究に対して行われている批判は「メディアと暴力」において取り上げられている研究にも大きくあてはまる部分があります。もちろん、だからといって『「メディアと暴力」で取り上げられた研究はデタラメだったのか!?』みたいな短絡的な結論にはなりませんが。

*4:これは調べようとしている対象が実に難物であるということでもあるわけですが。だからこそ数十年たってもはっきりとした結論がでていないわけで