万来堂日記3rd(仮)

万来堂日記2nd( http://d.hatena.ne.jp/banraidou/ )の管理人が、せっかく招待されたのだからとなんとなく移行したブログ。

勝手にSFだけでハヤカワ文庫100冊 その3 新しい波がやってきた! ヤア! ヤア! ヤア!(15〜21)

60年代に入ると、イギリス発でニューウェーブと呼ばれる流れが起こる。簡単に言うと、マンネリ気味なSF業界に生きのいい若手が小説技巧やそれまでなかった主題や実験を武器に殴り込みをかけた。で、ジュディス・メリルという有名な編集者が「英国、SFを揺さぶる」というアンソロジーを組んだりして、エントリのタイトルはそれに由来する。
で、ニューウェーブを代表する作家といったら、なんといってもJ・G・バラードですよ! バラード!
……ハヤカワ文庫からバラードって、2冊しかでてないお?

15・「ハイ‐ライズ」J・G・バラード
16・「地球の長い午後」ブライアン・W・オールディス
17・「宇宙兵ブルース」ハリイ・ハリスン
18・「ノヴァ」サミュエル・R・ディレイニー
19・「アインシュタイン交点」サミュエル・R・ディレイニー
20・「人類皆殺し」トマス・M・ディッシュ
21・「地獄のハイウェイ」ロジャー・ゼラズニィ

「世界の中心で愛をさけんだけもの」のハーラン・エリスンは敢えて外した。「少年と犬」とか好きだけどね。もっと紹介されてほしい。日本では短編集が一冊だけで、あとはほとんどSFマガジンのバックナンバー頼みってあーた。

バラードの「ハイ‐ライズ」は「クラッシュ」と「コンクリート・アイランド」でテクノロジー三部作を成すと言われる。

いずれも厚さ的にはむしろ薄い本になるけれど、その密度たるやものすごい。実はこの3冊の中で一番思い入れがあるのは「クラッシュ」だったりするのだけれど(ペヨトル工房から出た時に即読んだし、クローネンバーグによる映画も劇場に見に行ったし、創元SF文庫で再読もしたさ!)、「ハイ‐ライズ」も読み逃すにはあまりに惜しい作品。
超高層マンションが野蛮な戦いの場になるというだけで、ワクワクしないか? 高くそびえる塔の中でうごめく野蛮人たち。テクノロジーに囲まれた私たちは徐々に狂っていくか、それとも既に狂っている。
私たちを取り囲むテクノロジーが、私たちの精神の原初的な部分に影響を与えていく、というのが、この三部作においてバラードが強烈なまでに提示して見せた問題意識。もちろん、今も有効です。


「地球の長い午後」はイギリスにおけるもう一人の雄(まあ、マイクル・ムアコックはさておき)オールディスの代表作…多分。
なぜ多分なんていう留保をつけるかというと、あまり多く紹介されているとは言えないから。

これも面白かったけど、入手難しいしなぁ。とりあえず「ブラザーズ・オブ・ザ・ヘッド」あたりで渇きをいやしますか。
確か、椎名誠がこの作品をベストSFに推していたような記憶があるんだが、どうだったかな。
遠い未来、地球の公転と自転が一致してしまうほど遠い未来の話。植物が繁栄を謳歌し、異質で魅惑的な生態系を構築している。その一方で、人間はサイズも小さくなり細々と暮らしている。人間の扱い悪いね。実に魅惑的な冒険譚。


人間の扱いの悪さにおいては「人類皆殺し」が歴代でも一番だと思うがどうか。
この小説において、地球はエイリアンの侵略を受けるのだけれど、なんつーか、人類を滅ぼそうとか、そういうのじゃないのね。
侵略はしてるんだけど、別に人類相手にしてなくて、たまたま人類がそこにいました、てへっ、みたいな。
ラストシーンにおいて、人類の「どうでもよさ」はまさに頂点に達し……いやぁ、強烈に覚えてるわぁ。


さて、サミュエル・R・ディレイニー。実に華麗で、美しく、面白い小説を書くというのに、死ぬほどメタファーが埋め込まれていていくらでも深読みが出来てしまうという、悪夢のような作家である。
「エンパイアスター」という、今ではなかなか入手することが難しい短めの長編があるのだけれど、凝りに凝りまくって円環構造をなすこの物語が、訳出されたディレイニーの長編の中では一番「わかりやすい」という、なんという惨状。
何年先になるかわからないが、国書刊行会から名のみ高かった大長編「ダールグレン」の翻訳が予告されていてですね……いやあ、想像したくないわ。ただでさえ「出口までは簡単にいきつける迷宮」であるところのディレイニー作品のボリュームが、半端ないレベルで出てきてしまうわけで。
きっとまた、最後まで結構楽しんで読めちゃうんだぜ。怖いわー。


それに比べると、ロジャー・ゼラズニイはずっと親切。わかりやすいしかっこいい。
なんだかんだで、ニューウェーブの中から台頭してきた作家の中では、一番「楽しい」作家じゃないかと思う。
ぶっちゃけ、エンターテイメントを読みたい人はバラードとかディレイニーとかほっといてゼラズニイ読んだ方がいい。現在では若干過小評価されている気すらするのだが、天性のストーリーテラーとはこういう人のことを言う。


さて、ハリイ・ハリスンの「宇宙兵ブルース」は、いわゆる愛国主義を虚仮にした作品。
比べる対象が大きすぎてあれだが「フルメタルジャケット」を小粒にして、その代り笑いをまぶしたといえばイメージしやすいかな。
えーと、私が敬して遠ざけている作品のひとつに、ハインラインの「宇宙の戦士」があってですね。なにしろ敬して遠ざけているわけで読んだことないわけだが、ガンダムに影響を与えたと言われたり、「スターシップ・トルーパーズ」として映画化された時には見事に真逆の演出で傑作になったりしたわけだけれど。愛国主義的な色彩が濃いといわれるこの長編に対する他の作家からの回答、みたいな作品がある。ひとつがベトナム戦争従軍経験を持つジョー・ホールドマンによる「終わりなき戦争」、ひとつがこの「宇宙兵ブルース」。
ハリイ・ハリスンはこの作品で、ハインラインを正しく虚仮にしている。