万来堂日記3rd(仮)

万来堂日記2nd( http://d.hatena.ne.jp/banraidou/ )の管理人が、せっかく招待されたのだからとなんとなく移行したブログ。

グールド最後のエッセイ集「ぼくは上陸している」/下巻310ページ/それはあなたのことじゃないか!

20世紀後半を代表する進化生物学者であるスティーブン・ジェイ・グールド最後のエッセイ集「ぼくは上陸している」がようやくのことで翻訳されたので、喜び勇んで読了しました。



グールドは最後のエッセイ集でも絶好調です。既に病魔に侵されていたなどとはとても思えません。
いつも通り、科学と歴史と古典とポップカルチャーを縦横無尽に駆け巡っています。
ほんの小さなきっかけや記述を丹念に丹念に追っていき、最初とはちょっと違ったものの見方を読者に示してくれる。グールドは私のヒーローでした。
ああ、やはりどうしても少し感傷的になってしまいます。

グールドは実に様々な題材を取り上げてエッセイにしました。真面目な進化論の話から、創造論者への手痛い攻撃、時代による世界観の変遷を芸術作品の中に見出したり、生物の進化における一般的な原理をメジャーリーグやチョコレートバーの中に見出したり。
彼のエッセイの中でどれか一つを選ぶ、なんていうのは「歴代の競走馬で最強馬はどれか?」と同じで、結論など出すことができない類の問題です*1
それでも一つ挙げろというのならば、私は本書「ぼくは上陸している」下巻に第27章として収められた「ハイデルベルクの大生理学者」を挙げましょう。
この章はハイデルベルクの大生理学者と称えられたフリードリッヒ・ティーデマンが母国語ではない英語を用いてイギリスの権威ある学術雑誌に発表した論文「黒人の脳とヨーロッパ人およびオランウータンの脳との比較」を取り上げ、なぜ彼はこの論文をわざわざ英語で執筆し英国の雑誌に投稿したのかを解き明かしていきます。
そして、ティーデマンが研究結果から結論を出したのではなく、最初に個人的な信念があり、それを裏付け補強するために研究し、論文を記したことを明らかにします。これは理想的な姿ではないのかもしれません。しかし、科学者も人間であり科学も人の営みである以上避けられないことですし、20世紀を通じて繰り返されましたし、21世紀に入っても同様です。
そして、この章の最期に近い部分でグールドはこんな言葉でティーデマンを評しています。引用しましょう。下巻310ページです。

ティーデマンは、歴史から忘れられてしまった人物ではあるが、自らの価値、知的才能、目的意識によって提供できる武器を用いて善をなしたのである。


ああ。
これは。
これはグールド先生、あなたのことじゃありませんか。
教育者の一人として、科学教育を守るために創造論者と戦った。
ユダヤ系移民の一族としての出自と障害を持つ子供の親として、過去と未来と現在を守るために差別と闘った。
グールド先生、あなたのことじゃないですか。

*1:ちなみに、トロットサンダーです