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万来堂日記3rd(仮)

万来堂日記2nd( http://d.hatena.ne.jp/banraidou/ )の管理人が、せっかく招待されたのだからとなんとなく移行したブログ。

「君の名は。」を5回観てようやく気がついたことがあるのでみんな聞いてくれ/三葉の父が超重要人物だった/掌になにを書いたのか?

アニメ SF 映画・アニメ

君の名は。」視聴5回目にしてようやく気がついたことがあるので手短に書いておきます。ネタバレですのでまた見ていない方は読まないようにしてください。










ネタバレですからね? 本当よ? まるで見当違いだったらごめんなさいね?











結論から書きますと
「三葉の父である宮水トシキは三葉の母である二葉と『入れ替わり』を経験しており、瀧と同じように歴史を改変しようとした過去があるのではなかろうか?」ということです。
以下、そう思うに至った理由を列挙します。



・「救えなかった」
三葉の人生を瀧が追体験するシーンで、二葉を亡くした後にトシキが呟くセリフが「救えなかった……」です。
これ、妻を病気で亡くした夫の台詞としてはかなりイレギュラーではないでしょうか?
妻を救おうとしていた場合にしか、このセリフは出てこないはずです。
高名な医者に診てもらう、新薬を試すなど、手段の限りを尽くしたということでしょうか? そうかもしれません。確かにそうかもしれませんが。




・二葉も過去に『入れ替わり』を経験していたことが明言されている


・2013年のトシキも「妄言」という表現ではあるが『入れ替わり』の存在を認識している*1

特にこの、『入れ替わり』を認識はしている、というところがカギかと思います。祖母である一葉も三葉の様子を見るまで忘れていたくらいですから、大人になってから知り合って結婚したであろうトシキが、二葉もまた『入れ替わり』を経験していたことを認識している方が、むしろ不自然なのです。少女の頃に誰かと入れ替わり、大人になって結婚したなら、二葉も自らの体験を忘れているほうがむしろ自然です。


なぜトシキも『入れ替わり』を認識していたのか?
それは、トシキもまた『入れ替わり』を経験していたから、と考えるのが一番自然ではないでしょうか。そして二葉の運命を改変しようとしたができなかった。そのうえでのセリフが
「救えなかった……」
なのでは?

この仮定を採用しますと、糸守町救出プロセスも少し違って見えてきます。

トシキは過去に『入れ替わり』を経験していますが、その後の記憶の変質により現時点ではそれを「妄言」と認識しています*2
その識域下の記憶が作用したのでしょう。三葉が何者かと入れ替わっていることを無意識に察知します*3
その後、山頂での奇跡的な邂逅を経て自らの身体へ帰還した三葉本人がトシキの元を訪れた際、トシキはそれが三葉本人であることを察知したとすれば。
トシキの『入れ替わり』の記憶が呼び覚まされたとしても、これは無理はないんじゃないでしょうか。
そして「三葉もかつての自分たちのように入れ替わりを経験している」「かつての自分と同じように、娘たちもまた未来を変えようとしている」と認識したトシキは、のちに強引だとか不可解だとか評される「避難訓練」を強行した、と。

このシーン、感情にはもう訴えまくりなんですが、町長を説得するには少し弱いなと思っていたんですよ。なにせ一葉ですら信じていないのに。
これなら、少なくとも流れはすっきりします。
まるっきり見当違いかもしれんけどね……




あとついでにもう一点。
山頂での奇跡的な邂逅で、瀧と三葉はお互いの掌に互いの名前を書こうとします。んで、瀧は三葉の掌に名前ではなく「すきだ」と書きました。三葉は瀧の掌になにか書こうと、すっと横棒を入れた時にタイムリミットが訪れてメッセージの交換は不完全なまま終わるわけですけれど。
三葉は瀧の掌になにを書こうとしたんでしょうか?
割と序盤で、瀧の身体に入った三葉が掌に自分で「みつは」と書くシーンがありますけれど、その筆跡を見るに、「みつは」の「み」を書こうとしたにしては、横棒をすっと入れようとしたっておかしくないですか?
「三葉」の「三」を書こうとしたのかもしれませんけれど、前にひらがなで書いていたものを今度は漢字で書く? いや、確かにそうかもしれないんだけれど。
ひょっとしたら、ひょっとしたらですよ? 「すき」の「す」を書こうとしたんじゃないですかね?


いや、「かぁー! ロマンチックでいいねえーーー!!」と口から砂糖吐いている場合じゃなくて、実はこれ、結構テーマの根幹に関係するのではないかと思っています。
今作では記録や記憶といったものが、非常に不確かであてにならないものとして扱われているんですよね。名前は忘れるし、周囲は知っている彗星災害のことを瀧だけが忘却しているし、二人の最初の出会いをぎりぎりまで忘却しているし。
情報化できない「感情」「想い」といったものが、記録や記憶に優越する、という表現が今作では頻繁になされている……というか、クライマックスであるとかラストシーンがまさにそれなわけで。
であるからこそ、二人はあの大事なシーンで互いの名前という「情報」ではなく互いの「感情」を伝達しようとした、ということなのではないかな、と。
これも全然見当違いだったらすまぬすまぬ。

*1:「妄言は宮水の血筋か」のセリフ

*2:逆に言うと、『入れ替わり』については忘却していても、それに関する二葉の発言は記憶しているということであり……ちょっと切なくなっちゃいますね

*3:「お前は誰だ)のセリフ